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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

差別語や罵倒語を平気で使えてしまう醜悪な輩

コラム ブログ

差別用語をどこまで拡大解釈するかという話 - 価値のない話差別用語をどこまで拡大解釈するかという話 - 価値のない話はてなブックマーク - 差別用語をどこまで拡大解釈するかという話 - 価値のない話

この記事で取り上げられてるキーワードは「池沼」なんだけれど今回のエントリーではこれに限定すること無く、罵倒、差別コメントについて考えたい。
ただ一つだけ言わせてもらうとするなら差別語を単語ごとに規制していっても「知障」が「池沼」に変わったように新たな言葉に変換されるだけで全く効果が無いことだけは先に言っておく。

逃げ場のない相手に対して言葉の刃を向ける輩

いままでにもこのブログで何度も似たようなことは書いてきた。
こうやってブログを全世界に向けて公開している以上、全く建設的でないコメントを書き込む輩は一定数存在する。
そればかりか差別や侮辱のみを目的にしたようなコメントも散見される。

実生活でどんなストレスを抱えているのか、泥をすするような生活を強いられているのか知らないが、お前のストレスのはけ口をこっちに向けてくるな。

発端になったコメントは野球に打ち込む親子を綴った記事に付けられたものだが、その野球少年の見た目を「池沼」に例えた醜悪なものである。
本人がそれを見たらどれほどショックを受けるか明白である。
そのコメントを書いた本人に問うてみたいが、自分の大切な人に対して同じコメントが投げかけられたらあなたはどう思うのか想像してもらいたい。


人の心をえぐるようなコメントを残して少しばかりの鬱憤晴らしをしているのかもしれないがそれは通り魔みたいなもんだ。

実生活では、よく知りもしない人にいきなり罵声を浴びせたりしない。
もしそういうことをする奴がいたならば、しかるべき罰を受けることになるし、適切な治療を受けた方がいい。

ところがネット上にはそういった輩が結構な数いる。
実生活だったら到底許されるはずのない行為をネットだからといって恥ずかしげもなくやってのけるのだ。

そういった悪意を向けられる方としてはたまったもんじゃない。
最近はすっかり慣れてきて随分と面の皮が厚くなってきたせいか、ブログを始めた当初のように傷ついたりはしなくなったけれど、ブログ初心者がそういった悪意に晒されたら心を折られてしまう。

そうやってブログを閉じてしまったケースを何度か目にした。



ネットは安全地帯ではない

悪意をその辺にばら撒いて憂さ晴らしをしている輩は安全圏から石を投げているつもりなのかもしれないが、それは正確には間違いだ。
ネット上にはログが残る。
それを根拠に発言から法的責任を取らされることだって実際に起こっている。


今は俺を含めた多くのブロガーは泣き寝入りをしている状態だ。
それは現状だと名誉毀損に該当するようなコメントを付けられたとしてもそれを法的に決着を付けるまで持っていくのに膨大なコストが必要になるからだ。
それを考えると何もせず地蔵になって耐えるのが最善手となる。
しかしだ、もしこれらの一連の手続きが簡素化されて気軽に訴訟まで持っていけるようなシステムや法整備がなされたのなら今のネット環境は一変するかもしれない。
現時点では情報発信者側である書き手や作り手ばかりがやられ損になっている。
そういう不均衡が是正されたら果たしてどうなるのか興味がある。


ネットは基本的に匿名の世界だからこそ本音の声が聞ける。
それは最大のメリットと言ってもいいほどではあるが、その匿名性を曲解してなんでも言っていいと勘違いしているバカがいる。
こういった連中は罵倒語や差別語をなんの躊躇もせずに使うのだ。
学校や会社で同じような言動をすれば白眼視されるような発言をネットの中では使いまくっている。
そういった連中はネットは安全地帯で自分には石を投げ返されることは無いと、高をくくっているに違いない。

ネットであろうが現実の延長線上でしか無いわけだからその発言は常に責任が生じる。
その事実を理解していれば迂闊な言動は控えられるはずなんだが……。

罵倒「芸」なんてものは本来存在しない。