もう随分昔の話だ。
俺は女を背にしてベットに腰掛けながらタバコを吸っていた。
その背中にシーツに包まったままの女は唐突に言ったんだ。
「幸せってなあに?」
女なりの冗談だと思った。
女なりの謎かけのようなものだと思った。
女なりの愛の確認方法なのだと思った。
でも違った。
女が「幸せ」を理解できていないことに気がつくまでそれほど時間はかからなかった。
「幸せを教えてよ」
女にせがまれて俺は閉口する。
俺は「幸せ」を理解しているのか?
その女を口説くとき、幸せにしてやると言った気がする。
言葉に窮している俺に女は迫る。
幸せを教えてくれと懇願する。
俺はタバコを吸いながら考えていた。
幸せがわからないなら相手を幸せにすることなんて不可能じゃないのか?
果たして俺は幸せなのか?
幸せでなければ不幸なのか?
タバコを吸いながら俺は考えていた。
考えたけれど答えは見つからない。
女は部屋を出て行った。
最後まで女に幸せを教えてやることはできなかった。
幸せがわからない女は不幸ですか?
幸せってなんですか……。
最近また同じことを聞かれた。
あれからもう何年も経っているけれど俺はまだこの答えを持っていない。
- 作者: 秋山まりあ
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2013/10/22
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