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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

部下を決して怒らなかった上司の話

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上司に全く怒らない人がいた。
なにか問題が起きてもその失敗をした部下に、何も言わず事を片付けてしまうそんな人だった。
皆はその上司を「優しい人」と言っていたけれど俺はイマイチしっくりこなかった。

その上司の下で働いていたのはおよそ二年ほどの短い期間だった。
もちろん俺もその間に何度か失敗をしたけれど、その度に何も言われず上司が丸く収めてくれた。



月日が流れていつの日か俺がその上司のポジションについていた。
俺は失敗をした部下に対して厳しい態度で接した。
だからおそらく皆から「怖い人」として認識されていたと思う。

実際に自分が部下を叱責する立場になるとわかることがある。
人を怒るときには自分も相当のストレスを感じるということだ。

誰かを叱責するということは逆に言えばその失敗はもう二度と自分は出来ない。また、この時間でこれをやるようにという指示を出したなら、もちろん自分もそれと同等、もしくはそれ以上出来て当たり前ということになる。
簡単な例を出すなら、寝坊して遅刻した部下を叱責するということは、自分自身もう絶対に寝坊が出来ないということに他ならない。
部下を指導したり叱責したりする度に、自分は「完璧超人」にならなくてはいけないような気がして息苦しくなってくる。

同じ人間でありながら部下に対して偉そうに指示を出すのだから、それなりの人間に自分がならなくては説得力が無いだろうと思いながらやってきた。
そうやって自分をどんどんと追い込んでいつの日かパンクした。


完全に行き詰まってしまって、どうしようもなくなって苦しんでいたところに、冒頭で紹介した部下を決して怒らない上司と話をする機会がたまたまあった。
幹部会議の休憩時間に、その人に今自分がどういう状況に陥ってしまっているのか聞いてもらった。


その人は特に考えたふうでもなくさらっと言った。
「俺がみんなを怒らなかったのはね。俺は人を怒ることができるような立派な人間じゃないからだよ」
元上司はそう言って残りの缶コーヒーを飲み干した。

「いいんだよ。立派な人間になんかならなくていい。仕事はできる人間がやればいいし、誰かが失敗したならそれをカバーできる立場の人間が汗をかけばいい。君は優しいんだな。部下のためを思って自分を追い込んでる。そんなことしてると潰れちゃうよ。俺はね冷たい人間なんだ」
笑いながら去り際にその人はそう言った。


この元上司が言った言葉は今もはっきり憶えている。

人に関わるということはそれだけ自分にも負荷がかかる。
上司と部下の関係でも、相手に対して関わることをやめてしまえば確かにストレスは減るのだと思う。
部下がやらかした失敗も経験値でまさり、尚且つ立場上の優位な部分を使えばそれなりに挽回出来たりする。
失敗した部下にそのままやらせるより格段に早く決着を付けることも可能だろう。
けれどそういうことを常にしていたら部下は育たない。
失敗から挽回する経験を積むことが出来ない。

メタ的視点で見れば仕事のコストは最小限ですむかもしれないけれど、長期的視点で鑑みれば部下の成長のチャンスを潰したとも言える。

この辺りは考え方の違いがあるのでなんともいえないけれど、俺自身はこの元上司の考え方にはイマイチ納得出来ない。
自分自身がストレスなく仕事をするには元上司の言う、部下との距離感は適しているのかもしれない。
部下にとっても、失敗したとしてもケツを拭いてくれるいい上司に見えるだろう。
確かに俺はこの人の下にいた時にそう思ったこともある。


人の上に立つというのは大変に疲れる。
もしかすると元上司は俺がそうだったように一回潰れてしまった経験があるのではないか?と思ったけれど結局それは聞くことができなかった。