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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

紀州犬に13発も発砲した警察官の判断は正しかったか考える

人を襲った紀州犬を対処するために住宅街で警察官が13発の射撃を行った行為が様々な議論を呼んだ。www.sankei.com

時間が深夜(午前二時)だったとはいえ、閑静な住宅街での出来事であったために、万が一流れ弾に当たったらどうするのか等の意見もあった。中には無闇に13発も発砲した事実を激しく非難する意見も見られた。


まず最初に私の意見を述べたいと思う。
住宅街の真ん中で13発も発砲したという事実は確かにショッキングな出来事であるのは間違いない。
そもそも警察官は動物を制止させることを得意とした職務ではないし、軽快に走り回る中型犬が牙を向いて攻撃してきた場合に、的確な判断と手段を持ってそれを制圧せしめることができるであろうかというと疑問が残る。

対象は何人かをすでに傷つけた「狂犬」であるわけで、対暴漢という訓練は受けているものの、人間とは比べ物にならない速さで移動する犬を、制止させるために拳銃を使ったという選択は「最善」では無かったが、現場の事情を慮ると批判することは出来ない。



繰り返すが「狂犬」を制止させるミッションにおいて、携行していたニューナンブで射殺するという判断は、ベストではないけれどベターであったと私は考えている。

市民の安全を守ることが重要な職務である以上、まず自らの身を守らなければ職務が全うできない。
襲い来る狂犬を制圧する選択肢として射殺を選んだことは致し方なかったと考える。


では、何がベストな対応だったかを以下の項で考えてみたい。





ニューナンブM60

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警察官が普段携行している銃器はニューナンブM60だ。

38口径、装弾数は5発。
射撃精度は25メートル先の固定射撃で2センチ以内の集弾性能を有している。


今回の件で発射された弾数は13発ということなので、二人の警察官はそれぞれ全弾を撃ち尽くしたということになる。
最後の3人目の警官が3発でやめたということは、13発目にしてようやく紀州犬の動きが止まったということを表している。

その後の調べによると紀州犬には7~8発程度の被弾の痕が見られるということだが、最後の13発目が頭部に命中してようやく動きを止めることができたということになっている。
つまり頭部以外に命中した弾は紀州犬の動きを止めるだけの効果が無かったということになる。

この事実でわかることはニューナンブの犬に対するストッピングパワーがあまりに足りないということだ。


もともと拳銃というのは設計思想が「対人間」ということになっている。
例えば10メートルという距離で相対した場合の有効射撃面積は人間と犬とではあまりに違う。

犬を正面から見た場合の有効な的の大きさはおそらく、直径30センチほどしか無いと思われる。

これを素早く動くだけではなく、動きそのものの予想もつかず、なおかつ牙を剥いて襲ってくるという恐怖感の中、致命傷にはならなかったとはいえ7~8発も当てていたのは奇跡に近いと思う。
しかし結果として13発もの弾丸を使用しなければ紀州犬を制止できなかったわけなので、いかに拳銃を用いた制圧がミスマッチであったかがわかる。


従来こういう動物を銃器を用いて射殺する場合は近距離であれば散弾銃、遠距離であれば散弾銃にスラッグ弾を用いたものか、あるいはライフルを使用するのが妥当である。

的が小さく素早く動く対象に対して、至近距離の対人用に設計された拳銃を用いるのはTPOに合致していない。その結果が13発という事実である。


住宅街に動物が逃げ込んで騒動を起こすことは全国各地でかなりの回数発生している。
紀州犬と同程度の大きさの動物というと鹿が相当では無いだろうか。

鹿が住宅街に現れて右へ左への大捕り物が繰り広げられる映像を見たことがあるかもしれない。
そういった場面で用いられるのは銃器ではなく「網」である事が多い。
鹿の騒動が住宅街で起こった場合に警官が発砲したと言うのはちょっと記憶にない。
鹿は猛獣ではないから射殺命令が降りることはほぼ無いだろうけれど、網を用いて動きを制止させるという面だけ見ると鹿で成功するなら犬でも成功するだろうと思われる。
ただし今回は比較的おとなしい鹿とは違って狂犬であるから簡単ではない。


もし射殺が妥当という判断が成された場合は通常その任務を猟友会が担うことになる。

イノシシやクマなどの人に危害を加える猛獣の射撃による駆除は、猟友会の領分であることが多い。
それを安全に遂行できるように市民の避難など各種のサポートをするのが警察の役目であって、動物を直接射撃することは専門外と言っていい。


つまり今回の事例は専門外である動物の射殺という任務を、本来の設計思想と違う使い方である拳銃を用いたことで13発もの発砲が必要になってしまったということだ。
やはり最善の策では無かっただろうと思う。


犬に襲われたという緊急通報で現場に急行したわけで、装備も通常のパトロールと同じレベルでしか用意していなかったと予想されるので、その時点でベストの判断は拳銃を用いた射殺ではなく、本部に応援を呼びつつ刺股や警棒等を使用して逃亡をできる限り阻止することだったと思う。
たった3人の警察官でどれだけのことができたかは現場の状況にもよるだろうが、13発も住宅街で発砲するのはやはりその危険性から考えてもベストな判断ではないと言わざるをえない。

現場を確保しつつ迅速に応援を呼び、盾や網を用いて捕獲することが最善であっただろうと私は考えている。


もちろん現場の警察官も当然このイメージはあったと思われる。
しかしながら3人という人員の少なさもあって、応援が来るまでの間に取り逃がすという可能性を考慮したはずである。
すでに人を襲っているという情報が入っているわけで、これで取り逃すと更に被害者が発生するかもしれないと想像するのは当たり前で、ならば目の前の犬をどうにかしてこの場で制止させたいという考えに至るのはまったくもっておかしいことではない。


もしこの警察官が事なかれ主義であったなら、本部に応援要請をして、動物捕獲用の網を持ってきて貰えばよかっただけだ。
しかし目の前の犬を今ここで押さえなければ被害者が増えるかもしれないという義務感から、持ち得る少ない選択肢の中から拳銃による射殺を選んだことを責める気にはならない。

今回の件は、市民を守りたいという職務に忠実であったからこそ起こってしまった事案なのだろうと思っている。

警察官等けん銃使用及び取扱い規範
第2章第7条の4
第一項に定めるもののほか、警察官は、法第七条 本文に規定する場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、狂犬等の動物その他の物に向けてけん銃を撃つことができる。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S37/S37F30301000007.html