ネットの海の渚にて

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アメリカによる北朝鮮への攻撃は起きないと思う理由

戦争というのはあくまでも外交手段の一形態である。
平時における外交は机を囲む各国の代表同士で握手をしながらも、テーブルの下ではお互いの足を蹴り合うことであって、その後ろ盾は経済力や軍事力を加味した国力である。

弱小国が強国を相手にして常に対等の交渉ができるというのは残念ながら幻想でしか無い。
未だに国際政治の場は弱肉強食がまかり通っている。

相手国と少しでも有利な条件を結びたいと思った場合に効いてくるのは経済力や資源等であるけれど、その中でも絶大な威力があるのは軍事力である。
困難な交渉の場において最終的に有利な条件を引き出すには、その背後の軍事力が間違いなく効いている。
表面上は紳士然としながらも、その裏側では相当荒っぽい交渉が繰り広げられているのであって、これがこじれた場合に戦争という外交フェーズに移行することになる。



戦争というものをマクロな視点で見てみるとそれは経済の原理で動いていることがわかる。
戦争行為に拠る人的、物的な消耗がコストとするなら、戦後に得られる新たな秩序がリターンということになる。

例えば第二次世界大戦において、米国は途方もない金、資源、人的リソースを投入して消耗したが、その後の戦勝国主導による新世界秩序において非常に有利な立場に自国を置くことが可能になった。
途方もない戦費を費やした見返りとして得た有利性を駆使して、現在に至るまであらゆる面でコストを回収してきた。
言ってみれば第二次世界大戦に参戦した米国は、間違いなく投資を上回るリターンを得たわけで、経済的観点から見ると投資は大成功だったということになる。


つまり戦争というのは投入するコストに見合うだけのリターンを戦後に回収できるかという、極めてシビアな経済活動であるわけで、このことを念頭に置くと、現在騒がれている北朝鮮有事が本当に起きるのかということが見えてくる。


元来米国はモンロー主義の国であり、あくまでも自国の国益を最優先に考え、場合によっては孤立すら恐れない覚悟のある国ということを忘れてはいけない。
日本と同盟関係を築いているのは、広い太平洋の権益を自国で有するために極東の基地が必要という地政学的に価値があるからで、決して日本の親友だからではない。

冷戦構造の時代では極東における対ソ連の最前線基地であったし、そういった構図が崩れた現在でも、太平洋を手中に収めようと虎視眈々と軍拡を進める中国に対する防波堤的な意味を持っている。

図らずも米国の利益と日本の利益が相反せずお互いに同盟関係を結ぶことが(現時点では)Win-Winの関係であるから、大きな問題もなく過ごせているのであって、この地域のパワーバランスが大きく変化した暁にはこの関係が終焉となる可能性も否定できない。




では、アメリカが現時点で極東に望むものは何かと考えてみる。
現在のアメリカは未だにアフガンから手を離せていないし、中東ではISIS討伐という作戦も続行中である。
シリアでも政府軍に加担しているロシアを牽制する形で反政府軍側に関わっているし、自国内で起こりえるテロにも警戒しなければいけない。
おそらく米国の本音としては、ある程度パワーバランスが拮抗している極東地域でおおきな変化が起こることを望んでいない。
北朝鮮という国を仮に米国が平定したとしてもその見返りは決して大きくない。むしろ手をかけてしまうと戦後処理の負担が多くのしかかることになる。

中国との緩衝地帯になっていた北朝鮮が仮に韓国と統一された場合、中国軍と在韓米軍が中朝国境で向かい合うことになるし、ロシアとの国境もある。
ロシアは日本海側にある羅津港を50年間の契約で北朝鮮から使用権を借りている。
この港はロシアにおける極東の不凍港である。
羅津港

今回の騒動に乗じてロシア軍は北朝鮮国境付近に兵力を集めているらしいが、その場所から羅津港はそれほど遠くない位置にある。
表向きは国境警備の増強ということだと思うが、アメリカが空爆などを行った場合、混乱に乗じて越境し、羅津港を抑えて自国に取り込んでしまうくらいのことは考えているだろうと思う。


こういった周辺国の思惑も有り、アメリカ側としては北朝鮮が一時的にでも混乱に陥ってしまうことを是としていないはずだ。
いくらアメリカと言えど、開戦と同時に北朝鮮の全地域を掌握して管理下に置くのは不可能だ。
特に辺境は後回しになるはずなので、なし崩し的にロシアが介入してくる可能性は高い。
そうなると極東のパワーバランスが大きく変化してしまう。

下手をすると米中ロという大国同士が朝鮮半島を介して国境を接した状態で睨み合うことになってしまいかねない。
つまり北朝鮮が今のままそこに存在してくれている方が、極東における安全は保たれるということになる。


ただし、トランプとしてはここまで軍事的アピールをしておきながら、結局何もしなかったというわけにはいかないはずだ。
強いアメリカを標榜して大統領になったわけで、北朝鮮に対して振り上げた拳をそのまま下げれば口だけの弱腰という誹りをうけることになる。
しかしながら先程書いたように北朝鮮を完膚なきまでに叩いてしまうと、むしろそのほうが極東の不安定化を招いてしまいかねないのだから、アメリカの選択肢は多くない。


私が考える最も現実的な落とし所は、金正恩の第三国への亡命である。
アメリカの要求は核と大陸間弾道ミサイルの開発の中止であって、これを金正恩が承諾することはありえない。
核兵器とミサイルは金正恩自身を含めた北朝鮮体制の命綱であり、核保有国に対してアメリカは攻撃したことがないという事実が拠り所になっている。
北朝鮮の最大の安全保障は核兵器を保持することであって、これを放棄するということはいつ国が滅ぼされてもおかしくない状態を承認しろと言うことと同義になるわけなので、これを認めるわけにはいかない。

アメリカとしても自国に届きかねない長距離ミサイルを開発されてしまえば、安全保障に瑕疵が生じることになるからやはり譲ることはできない。


両国の要求は互いに絶対に飲むことが不可能なので、いわゆる外交的交渉では打破できない。
だからこそ、アメリカは空母打撃群を朝鮮半島に派遣しているのであって、圧倒的な軍事力を背景に恫喝的外交を行う段階に来ている。

この二国間の調停役を担える国は中国しか無いわけで、おそらく近いうちに中国を交えた交渉が行われるだろうと思う。
その交渉案の中で最も合理的で現実的なのは、金正恩の安全を保証した上で第三国へ亡命させ、北朝鮮のトップをすげ替えるというシナリオが見えてくる。

次の指導者に核廃絶とミサイル開発の凍結を約束させ、新たな北朝鮮を存続させるのが、アメリカにとって最も国益に適った結末のはずだ。(次の指導者選びで米国と中国の綱引きは相当苛烈なものになるのは想像に難くないが、最終的には中国寄りの指導者を据えることで手打ちという読み)

北朝鮮が存続することで極東のパワーバランスは大きく変化すること無く、有事前と同じプレゼンスを継続するだけで良い。


繰り返しになるが上で書いたシナリオが最も低コストで危機を脱する事のできる結末であって、それはアメリカだけでなく日本、中国、韓国とも不満は無いはずだと思う。
極東の不凍港を手に入れられるかもしれないという棚ぼたを狙っていたロシアだけが、ブーブーと文句をいうかもしれないが放っておけばいい。