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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

2015 あけまして おめでとうございます

コラム

http://www.flickr.com/photos/12836528@N00/5478331001
photo by kevin dooley

年末年始は完全にとは言わないまでもネット断ちをしていた。
ネットのつながる環境に居たわけだけど、スマホもパソコンも基本的にはチェックしなかった。
メールの新着くらいは朝晩にチェックしていたけれど、それ以外はずっとネットから距離を置いていた。
去年の12月くらいからネット疲れというか、ネットの中で構築されつつある人間関係みたいなものに面倒臭さみたいなものを感じていたからだ。

いろいろなトラブルに巻き込まれたりして、ネットそのものがストレスになりつつ合った。
それでも楽しいことがあるからしがみついていたのだけれど、それも最近どうかと思いつつある。

それでこの年末年始は意図的にネットを断ってみたわけだ。
年末は山間部にある温泉に行ってゆっくり出来たし、お正月は好きな映画を見まくっていた。





多少なりともリフレッシュできたとは思うけれど、去年のようにブログにツイッターにリソースを割くかどうかはまだ決めていない。
ネットでの活動はあくまでもリアルでのしがらみを離れた場所で、新たな人格で伸び伸びやるために始めたわけなんだが、このバーチャルな人格もそれなりに肉がついてきて生身の自分にいつの間にか近づいてきてしまっている。

架空の人格を創作してネットで活動していたはずなのに、そのほとんどは自分自身のことだから結局リアルとの差異がだんだんとなくなってしまう。
身バレしない程度のフェイクは入れているけれど、ほとんど生の自分が出つつあった。
そうなると人身御供的な扱いができなくなる。

本来の自分ではないバーチャルな模擬人格のはずであったこのアカウントに、自分自身の魂が宿ってしまえば簡単に切り捨てることができなくなってしまう。

元々何かあったら使い捨ててやろうくらいに思っていたのに、いつの間にか自分の分身のようになってしまった感さえある。

簡単にリセットできるのがデジタルの良さだけど、ここまで育ててしまったアカウントを消してしまうのはある意味自殺に近い。
ネット上の人格とは言ってもほとんどが自分自身で出来ているのだから。