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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

弱音を吐く。

いいじゃないたまには弱音吐いたって。

実生活とは別のペルソナを持って活動しているネットにおいても、やはりリアルでのダメージみたいなものは影響する。

第三の場所(サードプレイス)を求めてブログを始めたわけなんだが、それにともなうネット上での活動もある。

リアルの生活での息苦しさや鬱憤みたいなものから逃れるための場所。としての「ネットの場」を求めたのだけど、結局はバーチャルな空間と言えども、リアルの生活と完全に分けることは不可能だ。

リアルでつらいことがあれば、それはバーチャルにも影響を及ぼすし、またその逆もある。
全く別の世界のように思えるが、実際は地続きなのだ。





ネット上の人格とリアルの人格の間には大きな隔たりがある。
現実世界での「私」を知っている人が、ネット上で形成している私の人格や振る舞いを知ったら間違いなく驚く。
おそらく説明しても同一人物とは俄に信じられないほどに両者は違う。

実生活においては年齢も年齢だし、それなりの格好をつけているから、ネット上で別のペルソナを被っているもう一人の私を見ても、それが同じ人物とはまず気がつかない。

万が一このアカウントとリアルが結びついてしまったら、業務上致命的な結果を招きかねないので、それだけは絶対に避けなくてはいけない。
そういう思いが最初からあったから、かなりの部分でフェイクを混ぜているし、普段の自分とはかなりかけ離れた人格を演じているというところもある。


完全な別人格を演じていながらも、根っこの部分では繋がっている。
いや、別人格というのは表面上のことだけであって、結局は同一なのだ。
感じることや考えることに変わりはない。
ただ演出上戯けてみせるか格好つけるかの違いしか無い。

それでもそのペルソナでしか人は判断できないし、そうやって世界は回っている。


じゃあネット上の人格は嘘なのかと問われるとそれもまた違う。
意図的に嘘を混ぜている部分もあるし、リアルでは出せない本当の自分をのぞかせていることもある。
そうなるとリアルとバーチャルのどちらが本物の自分なのか、本人でもわからなくなってくる。

おそらくどちらも自分なのだ。


このところ全然ブログを更新していなかったのは、リアルでいろいろあって心が疲れきっていたからだ。
そういうモヤモヤを吐き出すはずの場所だったネットは、今となっては別の場所になってしまった。でもそれは自分がそうしてしまったわけだ。

弱音や愚痴ばかりを吐き出していては、それを読んでくれる読者の方々に申し訳ないと思ってしまう。
記事にするのならば、ほんの少しでも「読んで良かった」と思ってもらえるものにしようと自分に枷をはめるから、今回のようにただ弱音を吐き出す場所にできなくなっている。

まさに本末転倒なのだがそれも自業自得だ。
すべて私が悪い。