ネットの海の渚にて

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黒田博樹投手の活躍でブームになりそうな【フロントドア】と【バックドア】を解説します

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黒田の「フロントドア」が一大ムーブメントを起こす予感

今シーズンは広島に黒田博樹投手が里帰りして大いに賑わっている。
まだバリバリのメージャーリーガーが高額の年俸を蹴って、自分を育ててくれたチームに戻るって言うんだから感動しないはずがない。

今回はそういった黒田の「男気」のことを云々語るわけではない。
黒田が得意とする投球術「フロントドア」についてだ。
おそらく今シーズンはこの「フロントドア」ともう一つの「バックドア」というキーワードが流行ると思う。

野球に詳しい人なら意味がわかっていると思うがそうではない人にとってはさっぱりわからない言葉だと思うのですこしばかり解説したいと思う。


フロントドアとバックドア

フロントドアとは?

右ピッチャー対右バッターを例として上げる
右打者の内角ボールゾーンからストライクゾーンに変化していくボールのことを「フロントドア」と呼ぶ。
この場合、球種はスライダーやカットボールなどのファストムービング系になる。

一見ストレートに見える球筋でバッターの付近までくると鋭く小さく曲がる。

バッター側からの視点だと、インコースに外れたストレートだと思って少し腰を引いたら、そこから鋭く曲がってストライクゾーンに入ってしまう。
腰が多少でも引けていたら強いスイングは出来ない。
野球経験者ならわかってもらえると思うが、インコースの球を打つには踏み込む足をやや外気味にして、体を若干開きつつ充分に引きつけて鋭くスイングする。

インコースは外角のボールに比べて圧倒的に長打(ホームラン)にしやすい。
けれど少しでもデッドボールを意識させられたら腰が引けて、強いスイングは出来なくなる。

つまり「フロントドア」とは、打者にインコースのボール球だと勘違いさせて見逃しを促したり、死球の可能性を僅かにでも意識させることで腰を引かせれば、例えバットに捕らえられても長打にはならないメリットがある。

インコースは長打を打たれる可能性が高いゾーンで有るにも関わらず、コントロールと変化球のキレが鋭いピッチャーであれば、非常に効果的な投球術であるのは、昨今のメジャーを見ればあきらかだ。
黒田もこの投球術を身につけたことで、投球数を極力減らしながら効率よくアウトを重ねることができるようになった。

黒田を見ればわかるけれど「フロントドア」は決して三振を取るための投球術ではない。
打ち損じを生じさせる為の投球術でいわゆる打たせて取るということだ。



メジャーでは投手保護の為に投球数制限がキツイ。
そんななかでも安定的に長いイニングを投げるには「打たせて取る」のが最も効率がいい。

三振を取るには最低でも3球は投げなくてはならない。
けれど、ど真ん中に一見ストレートに見える甘い球を投げれば、高確率でバッターは手を出してくる。
そのストレートに見える球は実はカットボールでバッターとしては芯で捉えたつもりでも、僅かに芯を外されて内野ゴロを打たされる。
このように上手くいけばたった1球で一つのアウトが取れる。

もちろんど真ん中に投げるのはリスクが高すぎるので実際には行われないが、こういった考え方が最適化されていった結果が、現在の「フロントドア、バックドア」という「ドア系」のムーブメントだ。
見逃したらストライクを取られてしまう球だから、打者としては手を出さざるを得ない。
ところがバットを振っても鋭く小さく曲がるから芯を外されて凡打にしかできない。
バッターとしては本当に嫌な投球術であるのは間違いない。
まだ日本球界ではあまり一般的ではないけれど、黒田の逆輸入によってこの「ドア系」が今後ブームになると予想している。




バックドアとは?

もう一つの「ドア系」バックドア
これも右投手対右打者で説明する
右打者のアウトコースのボールゾーンから内側に曲がってくる変化球のことを「バックドア」と呼ぶ。
球種としてはツーシームなどのシュート系の変化球だ。

こう説明すると昔から野球をやっていた人なら「おや?」と思うかもしれない。
私も初めてバックドアを見た時に困惑した。
なぜならこのバックドアと呼ばれるボールは一昔前の日本野球界では御法度とされていたものだからだ。

投球術の基本として、変化球はストライクゾーンからボールゾーンに外れるものが良しとされてきた。
外角からストライクゾーンに入ってくる変化球などを投げればコントロールミスとして怒られるのだ。

フロントドアとの大きな違いは、バッター目線で考えたらよく分かる。

外角の球にデッドボールの恐怖は無い。
しかも一見ボールに見えるからゆとりをもってボールを見ることができる。


右投手の投げる変化球で右に曲がる代表的な球種は「シュート」だ。
シュートを使った名投手と言ったら東尾だが、彼の飛び抜けた与死球をみたら想像がつくと思うが、インコースで勝負するピッチャーだった。
胸元にのけぞらせるようなシュートを投げて、次球は外角のスライダーで仕留めたりした。
カミソリシュートがあるからバッターとしては思い切り踏み込んでスイングできない。
だからこそ外角のスライダーは威力が何倍にも増すことになる。


話を戻すが日本球界においては、右打者に対して外角からストライクゾーンに戻ってくるシュートなんてものは御法度で失投扱いだった。
シュートはあくまで真ん中より内側で、出し入れするものだという言説が主流だった。

なぜならシュートという球種はあまり速くない。
スライダーやカットボールはストレートに比べて10~20キロ程度の減速で済むが、変化幅の大きいシュートは20キロ~30キロは減速してしまう。

ドア系のコンセプトは一見ボールゾーンの球に見えることが重要なわけで、そうなると球速の遅い球種は見極めやすくなって相性が悪い。
つまり大きく曲がって球速の遅い「カーブ」や「シュート」はドア系には向かない。

メジャーではかなり前からツーシームを投げる投手が多い。
ツーシームはシュートと同じく右に鋭く変化する球種だが、シュートとの最大の違いは球速だ。
ツーシームはストレートに比べてほとんど球速が落ちない。

ストレートと遜色ない球速のツーシームを投げることができれば「バックドア」を有効に使うことができる。
それでも「フロントドア」と違ってバッターの腰を引かせることが出来ないから、バックドアのほうがリスクが高いのは間違いない。
だから「バックドア」をメインに使うピッチャーはそれほど多くない。

黒田も右打者に対してバックドアに該当する、外角からストライクゾーンに入ってくるツーシームは多投しない。
打者の「不意」を突く場面で投げることはあっても決して多投することはない。



黒田の投球術

広島時代は勢いのある真っ直ぐで勝負するピッチャーだったが、七年間のメジャー生活でツーシームの使い手になって帰ってきた。

今エントリーではフロントドアとバックドアについて解説したが、黒田に関して言えば、彼は左バッターに対しては積極的にフロントドアを使うが、右バッターに対してはストライクゾーンからボールになるツーシームを使う。
基本的に打たせて取る投球術だが、追い込んだ場合にスプリット(フォークボール)を投げて三振を狙う場合もある。
ただ基本的には少ない球数でゴロを打たせることに主眼を置いたピッチングだ。

左バッターに対しては、内角のボールゾーンから鋭く曲がりながら落ちるツーシームで打ち損じを誘うか、または見逃しを誘発させる。バッターは内角ばかり意識させられるから、外角のスプリットで簡単に三振を取られてしまう。

日本球界ではボールゾーンの球に手を出させることが、最も優れた投球と盲目的に信じられているけれど、黒田はストライクゾーンで勝負するピッチャーだ。
見逃してもストライクを取られてしまうから打者としてはバットを振らざるをえない。
甘く見えるコースでも手元で鋭く曲がるから、芯を外されてゴロを打たされる。
ボール球を極力投げないから、必然的に投球数が少なくなる。www.youtube.com

右バッターに対しては、真ん中寄りのストライクゾーンから、内角低めのボールゾーンまで鋭く曲がるツーシームを投げ込むスタイルだ。
あの球威とコントロールだと、たとえバットに当てても大抵つまらされて内野ゴロになる。
ツーシームが超一級品なので、それを意識させられていると、カットボールの効果が何倍にもなる。
左右に曲がる変化球とスプリット、150キロ近い速球も持っている黒田に対して、バッターとしてはどうやって対処したらいいのか想像がつかない。

こういう場合バッターというのは、ある球種に的を絞るのがセオリーなのだが、黒田自身が「バッターが狙っている球で打ち取る」と宣言して、なおかつ実践しているのだから打ち崩すのは相当困難だろうと思う。


今シーズンの黒田は今の時点では文句のつけようもない無い出来だし、おそらく15勝は堅いと予想する。
メジャー仕込みの投球術である「フロントドア」が猛威を振るうことで、日本球界にも「ドア系」のブームが来るだろうと思う。

ここまでの記事は黒田のオープン戦と公式戦一回目の投球を見た後に書いた。
まだ多少書き直したい部分があったので、公開せず下書きに入れてあったのだが、4月4日に2回目の登板があった。

結果は3失点を喫して負け投手になった。
3失点だから合格ラインではあるのだが、打たれた原因はわかりやすかった。
この敗戦を受けて少し書き足そうと思う。


なぜ黒田は打たれたのか?

この日の黒田は左バッターに対して効果的なはずの「フロントドア」が打ち崩された。

ツーシームという球種はその性質上、高めに浮くと変化が緩慢になる。
低いコースに決まれば鋭く曲がって落ちる変化を見せるのだが、高いコースに投げると逆に打ち頃の甘い球になってしまう。
まさにこの日の黒田がそうだった。

黒田から安打を打ったバッター

エルナンデス(左)
松井雅人(左)
大島洋平(左)
亀澤恭平(左)
平田良介(右)
藤井淳志(左)

黒田に抑えられた打者

ルナ(右)
福田永将(右)


この日黒田が打たれたのはヒットが6本。
そのうち5本は左バッターで、右打者に唯一安打を許したのは平田にだけだ。(スイッチヒッターは左にカウント)

いかにこの日の「フロントドア」の調子が悪かったかが、データからでもよくわかる。
打ち込まれた5回は、左バッターに投じるツーシームが高めに浮くことが多かったし、低めにいくと今度ははっきりしたボール球になってしまって、打者の打ち損じを引き出せなかった。
ストライクとボールが、はっきりわかりやすいようなコントロールだと、如何に黒田といえども打たれてしまう。


上でも書いたが内角の球は長打にされやすい。
本来は威力抜群のツーシームでも、高めに浮くと打ち崩されてしまう。
そういう意味でも「フロントドア」は危うさと表裏一体の投球術であって、そういったことを理解した上で観戦するとさらに面白くなる。