読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

都会から帰省してきた友人に地元の話ばかりしちゃうのは自然なことじゃないの?

コラム

これ読んだ。

一緒に飲んでて出てくる話がだいたい昔話なんだ
30にもなって学生時代(しかも小中学校だぞ)の話
しかもあんまりいい話じゃない
昔の○○はできない奴だったとか
自分は地元でがんばってるとか
そんな話ばかりでうんざりする
anond.hatelabo.jp


例えばある田舎での話。
AとBとCは中学高校と同級生。
3人とも同じような偏差値でAは東京の、Bは大阪のそれぞれ有名大学に進学。
Cは実家が商店を営んでいて跡継ぎだったので地元の国立大学に進学して卒業後はそのまま家業を継いだ。
場所は違えど3つの大学の偏差値はほぼ同じレベルとする。


高校卒業から10年経ったお盆の出来事。
お盆の連休に10年ぶりにAとBが田舎に帰ってきた。
Cは地元に残っていたから必然的に幹事的な役回りになる。

Cは久しぶりに帰ってくるAとBをもてなすために店の手配をする。
地元ではなかな予約が取れない人気店に二人を連れて行った。


C「そうだ、同じクラスだったDがこの間結婚したんだけどお前ら覚えてるDのこと?将棋部でいつも猫背だったやつだよ」

C「ほら、となりのクラスの可愛い子いたろ?E子ちゃん。あの子この近くのキャバクラで年ごまかしてナンバー1だってさwあとで行くか?」

C「中学の時に引っ越してきたFはわかる?あいつ去年喧嘩で捕まって新聞載ったんだよ。そっちじゃニュースにならないから知らないか」


お盆や正月などで帰省してきた友人と地元に残った者との間でよく繰り広げられてる会話だ。

マイルドヤンキーの典型的な例としてあげられるのはまさに上記のCのような会話だ。
確かに地元に残った人間のどうでもいいような悲喜こもごもや人間模様なんか、都会住まいのAとBからしたらどうでもいい話なんだろうと思う。
それを長々聞かされてうんざりしているという画が浮かぶ。

だけど想像して欲しい。
10年とは言わないまでも、数年ぶりに帰ってきた古い友人に、お前がいなかった間に地元ではこんなことがあったんだよという報告をするのは実に自然なことなのだ。

逆に聞くが数年ぶりに帰ってきた友人にいきなり政治の話や経済の話でもするのだろうか?


不在であった期間はお互いの共通の体験が無いわけだから、共有できるのが学生時代の話になるのは必然なのではなかろうか。

いつも昔話ばかりだから、文化的レベルが低いみたいな言い方をされると、そりゃ田舎もん舐めすぎだろとなる。
きっとタバコとパチンコと酒の話しかしてないイメージなんだろな。
田舎もんだって普段は普通の話してるわ。


これが例えば里帰り中の3日間ずっと昔話だけに終始するというならさすがにおかしいと思うが、数年ぶりに再会してたった2~3時間の会食だとするなら昔話に集中してしまうのはまったく不思議ではない。

むしろずっと田舎に住む者から言わせてもらえば、数年ぶりに帰ってくるならその間に起こった出来事を教えてやることは義務くらいに感じている。


おそらくこのギャップが都会に住んでる洗練された人種からみたら、田舎者あるいはマイルドヤンキーという蔑みの対象になるのだろうとはわかっている。
わかっちゃいるけど久しぶりに帰省してきた友人には不在だった期間の地元話を聴かせるから覚悟しとけ。
それが嫌なら話すネタが無くなるくらいもっとちょくちょく帰って来い。
こっちはお前らが帰ってくるのを首を長くして待ってるんだから。