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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

私達は分かり合えないからこそ言葉を尽くす

コラム

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photo by partymonstrrrr

これ読んだ。

「あなたに私の気持ちはわからない」の不毛さ - 心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

「あなたに私の気持ちはわからない」

言ったこともあるし、言われたこともある。
言われた事のほうが何十倍も多いと思う。


こういう言葉を最近、自分からは言わなくなった。
なぜならお互いの気持を分かり合うことなんて不可能だからだ。
そんな不可能だとわかりきっていることを、改めて言葉にして発する必要がないと思っているからだ。



言霊信仰というのがある。
言葉には魂が宿っていて、それを発したり聞いたりすると何らかの影響を受けるという考え方だ。
これは決してオカルトチックなことではない。
言葉は人の命を救うこともあるし、奪うこともある。

ことばに宿る霊の意。古代の日本人は,ことばに霊が宿っており,その霊のもつ力がはたらいて,ことばにあらわすことを現実に実現する,と考えていた。言霊という語は,《万葉集》の歌に,3例だけある。山上憶良の長歌に,〈そらみつ 倭(やまと)の国は 皇神(すめがみ)の 厳(いつく)しき国 言霊の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり〉(巻五)とうたわれ,《柿本人麻呂歌集》にも収める歌には,〈言霊の八十(やそ)の衢(ちまた)に夕占(ゆうけ)問ふ占(うら)正(まさ)に告(の)る妹(いも)はあひ寄らむ〉〈磯城島(しきしま)の日本(やまと)の国は言霊の幸(さきは)ふ国ぞま幸(さき)くありこそ〉とうたわれている。
言霊信仰(ことだましんこう)とは - コトバンク



言葉には大きな力がある。
様々な選択肢があるにもかかわらず「自殺」という選択肢しか選べなくなってしまった人を救うには言葉の力が必要だ。
その逆もある。
生きる気力を失わせるような呪詛を語り続けて殺すことだって可能だろう。

映画「羊たちの沈黙で」刑務所に面会にやってきた来た女性捜査官クラリスを辱めた隣の囚人に激怒したレクター博士は、その囚人と顔を合わせること無く数日間なじり続けることだけで舌を噛ませて自殺させた。
言葉は凶器になり得る。


私達は永遠にわかりあえない。
けれど言葉を使って分かり合おうとする。
それこそが愛だったり恋だったりするはずだ。
分かり合うことを放棄してしまったらなにも起こらない。
例え勘違いだったとしても分かり合えた気持ちになる瞬間がある。
それをおそらく「幸せ」と言うんだろう。


他者とは分かり合えない。
自分自身のことだって完璧に把握しているのかといえばあやしい。
そんなだから他人のことなんかわかるわけ無いのだ。
だけど分かり合う努力は諦めたくない。
もしかしたら分かり合える日が来るんじゃないかというのが、微かな希望として遠くに見えている。
だから私達は、分かり合いたいと言葉を尽くす。