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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

楽天やAmazonの商品レビューやクチコミに思うこと

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(画像はジョークです)

日頃、のんべんだらりとネットを使っているからなかなか気がつかないが、ネットというものはやはり便利だ。
ネットが身近に無かった時代を知っているから、その便利さもよく分かる。

20年前は毎週のようにスキーに行っていた。
いろんなスキー場に行くのだが事前の情報は本屋で買ったゲレンデガイド本が主になる。
どんなコースが有って、どんな雪質で、近くにはどんな施設があるのか?
そういったことは事前にガイド本を読み込んで今回はどこに行くか決めていた。

本というのは当たり前だが情報がアップデートされない。
なので本の情報と実際の現場で差異が生じることは案外多い。

夜のうちに出発して早めに駐車場に着いて、そこで仮眠して朝一から滑るみたいな予定で行っているのに、現地についてみると「駐車場の夜間開放は休前日のみです」と書かれていて呆然とすることも多々あった。
仮眠室があるという事前情報でそこに決めたのに、いざ行ってみると鍵がかかっていて「御用の方はこちら」と電話番号が書かれていたりする。仕方ないので電話をするが何回かけても出てくれない。そういうこともあった。

おそらくこれがネットの時代であれば、こういう細かい事柄は「クチコミ」として表に出てくるのだろうと思う。


この「クチコミ」というのが私がネットをやっていて便利だなぁと感じることベスト5には確実に入る。
なにか電化製品を購入しようと思ったら今までだったら電気屋さんに行ってカタログを貰って、類似商品などと比較検討したりしていたのだが、ネットの時代になってガラッと変わった。
実際にその商品を使っている人の声が聴けるというのは画期的だった。





商品の仕様はカタログを確認したらわかる。
しかしそこには現れない部分で気になる点というのはたくさんある。
例えばテレビであれば、モアレの出方とかノイズの乗り方はカタログではわからない。
そういったカタログではわからない部分の感想が見れるということは昔を考えると劇的な変化だ。

もちろんそのレビュー自体が信用に足るものなのかという不安は常に存在する。


ネットの凄いところというのは様々な人が様々な視点で自由に何かを記録することだと思っている。
それは結果として集合知となる。
例えば電化製品のレビューだとしてもそれが10件よりも100件あったほうが、情報の取捨選択をきちっとやるという前提はあるものの、間違い無く情報の価値は上がる。
顔も知らないネット民同士がお互いに有益な情報を持ち寄って共有するからこそ集合知として完成する。


楽天やAmazonの商品ページを見てみると目を覆いたくなるようなレビューが並んでいる商品をよく見る。
全くもって役に立たないクチコミがずらりと並んでいたりすると辟易とする。
楽天でよく見る「まだ届いてませんが期待を込めて☆5つで~す」みたいなクチコミは、レビューを書いたら送料無料とかやってるからこんなことになる。
まったく意味を成さないようなレビューが数千件も連なっているのは、店側も客側もお互いになんのメリットも無いのは明らかなのに、なぜこの状態をどうにかしようとしないのか疑問に思う。


本来こういったクチコミは集合知として、皆で育てるネットの財産だと私は思っているのだが、現状を見ると自分の感覚のほうが間違っているのではと不安を覚える。