ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

パクることに対する罪の意識の希薄さが気になる話

http://www.flickr.com/photos/12494132@N00/2668834386
photo by balleyne

初めてインターネットに接続したのはWindows95のPCを購入した頃だから、気がついたらもう20年近く昔のことだ。

「プツッ、ツーッ。ピー……。ヒャラヒャラガーッガーッジーッ」
謎の音を出しながらやっとこさっとこインターネットに接続できるわけだが、そこはもうまさにアングラ感たっぷりのウェルカム トゥ アンダーグラウンドな世界だった。

今でこそ皆が手軽にネットに接続しているけど当時は簡単なことではなかった。
まずパソコンが高い。
軽く20万はした。一番安いモデルでそれくらいしたから、やっぱりどうしても欲しいというやつしか買わない。

回線の問題もある。
電話の固定回線を分配してPCにつなぐのだが、接続中は当然だが話し中になってしまう。
そんなことを長時間やっていれば家族から苦情が出るのは当たり前だ。
それに3分で10円通話料がかかるから、のめり込んでいるとどえらい請求が来てビックリってこともよくあった。
だから23時以降に利用できるテレホーダイは救世主のように感じたけれど、皆もその時間に集中するから貧弱なサーバーだと簡単にダウンした。



当時はネットに接続する層っていうのは世間から「おたく」としてレッテルを貼られていた。
20万もするようなパソコンを買ってよくわからない「いんたーねっと」とかいうものに入り浸っている気持ちの悪い存在として認識されていた。

仕事で仕方なくパソコンを使うのならまだわかるが、趣味でパソコンを使っているのはおたくに他ならないという空気が確かにあった。


そうやって世間から冷たい目でみられる先鋭化された集団だったから、ネットの世界の中もその空気はあった。
とにかくみんなが尖っていて、今でいう情弱に対しては徹底的に冷たかった。

トラブルを自分で解決出来ないような者はここに来るな、という空気はどこのコミュニティーにもあって、初心者にはとっつきにくい場所でもあった。
だからこそ自分で知識を集めて勉強することで仲間に入れてもらった時は嬉しかった。
敷居が高い分、中に入ってしまえば居心地は良かった。


時代は下って現在。
この記事を読んだ。
【お詫びとお知らせ】参照元の表記漏れに関する弊社見解と、今後の対応方針に関して | TABI LABO

海外の記事を無断で、それも出展元を明記せず自社サイトのオリジナル記事のように装った問題である。
その問題に対しての謝罪文がこれだ。

この一連の問題についてやまもといちろう氏が噛み付いた。
TABI-LABOは何を言っているの: やまもといちろうBLOG(ブログ)



20年前のネットの世界はそれこそ著作権なんかは、まさに破られ放題の世界だった。
Windows98から2000そしてXPと移りゆくたびにネット人口は増えていったけれど、まだまだアングラ感は強くて「割れ」と呼ばれる著作権法を完全に無視した違法なブツが流通していた。

WinMXやWinnyが出てきたのもこのころだ。
ダイヤルアップ接続からISDN、そしてADSLと進化を遂げて常時接続が当たり前な時代になると、それまでネットとは無関係だった層もこの世界に入ってくることになる。


そういう連中はWinnyを罪の意識なく使ったりしていて、無邪気に知恵袋なんかで使い方を聞いたりするもんだから袋叩きに遭ったりする。

Winnyはそういったリテラシーの低い層を浮かび上がらせるきっかけになった。
キンタマウィルスが流行してそういったリテラシーの低い層が被害にあった。
ローカルに保存してあった写真やテキストファイルを知らないうちにネットにばら撒いてしまう悪質なウィルスであったが、これによって様々な階層の連中が「つこうた」のが可視化されることになった。


結局、ネットは昔から著作権を破ってきた。
気が付かないうちにネットは今を代表するようなメディアになってしまって昔のような「胡散臭さ」は薄れてきた。
薄れたとはいえクリーンな場所になったわけではない。

昔は人目の付かないところでひっそりと「割れ」の交換をしたり「炉」画像のやりとりをしていたからお目こぼしをいただいていたわけだが、それを堂々とやってしまえば批判されるのは当然だ。

罪の意識があるからこそ目立たずひっそりとやるものなのに、それを自社サイトで堂堂とマネタイズまでしてパクリ記事を掲載できてしまう。
コンテンツの盗用は明確な著作権法違反なのだが、ネットの中では「キュレーション」だったり「バイラルメディア」等と、それらしい名前を付けて人の褌で相撲をとる行為がはびこっている。
こういうものを日々見ていたら海外の記事を断りなく翻訳して、自社サイトに掲載することの何がイケナイコトなのかよくわからなくなっても仕方ない気もする。


良くも悪くもネットは市民権を得て誰もが利用できる明るい場所になった。
ネットを利用したからといって昔のように蔑まれるようなことは無い。
しかしながら昔は確かにあった悪いことをする時の「後ろめたさ」すら忘れてしまったかのような振る舞いは流石にどうかと思う。
ツイッターなんかをながめているとパクリの現場はいやというほど目にする。
何回目だよこのネタというものがRTされて回ってくるのだが、リツイートする前にそれがオリジナルなのかパクリなのかすら確認しないで拡散に手を貸してしまう。
おそらくそういった層はパクるという行為に罪の意識が殆ど無いのだろう。
だから出所不明の情報でも面白ければ拡散してしまう。
自分が著作権法違反の幇助をしているかもしれないという感覚がまるで無いように見えるのだ。


ネットは便利である反面、著作物の違法コピーはどうしても流通してしまう素地がある。
だからといってパクリが許されるわけではない。
せめてパクる時くらいは罪の意識をビンビンに感じながら、人目を気にしてこっそりひっそりやれよと思う。



 自殺しろとほのめかされたことを受けてのTABI-LABO編集長さんの今朝のつぶやき。
確かに落ち度はあったが自殺すれば丸く収まるなんて言うのは暴言でしかない。