ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

いつもの床屋で

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photo by deep shot

いつものように通い慣れた床屋に行く。
ここの店主は必ずスポーツ新聞を読んでいる。
重たいドアを開けるとおもむろに新聞から目を上げて、私の顔を一瞥すると「いらっしゃい」と一言だけ言って後は目線だけで席に座れと促してくる。
席に座ると同時にビニール製のケープを掛けられて首のところをキュッと縛られる。

鏡越しに店主の顔を見ながらいつもと同じく「全体的にさっぱりしてください」と曖昧な注文を告げる。
そうすると「バリカンいれますか?」と毎回聞かれる。
バリカンを入れた場合と入れない場合で仕上がりにどういった変化が起こるのか、よくわからないままこの年齢まできてしまったので、いまさらどう違うのですか?とはなかなか聞けない。
だから毎度「バリカン入れてください」と言うのだ。


この儀式のような固定化された一連の会話を、もう10年以上続けている。
店主のオヤジもそれきり何も話しかけてこないから会話は席に座った直後のこのやりとりだけで終わりである。

毎回思うのだが、細かい注文を一切しないで「さっぱり」などど抽象的なことしか言わない私のような客を、よく相手にできるものだと感心する。
髪を切るという行為はやり直しがきかない。
だから私が逆の立場だったらもっと具体的に注文してくれよと思うのだが、この注文でまあそれなりに満足する仕上がりにしてくれるのだからオヤジの腕がいいのか私のこだわりが薄いのかのどちらかだろう。






カットが終わると仰向けに倒されて熱い蒸しタオルを顔面に乗せられる。
その間にシェービングクリームを泡立てている音が聞こえる。
程よく蒸されたところでタオルが剥がされ、間髪入れずにふわふわのクリームを塗られる。

昔から疑問に感じていることがある。
まな板の鯉状態のこの時に、皆は目を開けているのだろうか?ということだ。
私は髭剃りの間、終始目をつぶっているのだが、もしかして他の人は目を開けているのではないかと、ひげを剃られながら考えている。
なのでときどき一瞬だけ目を開けてみたりするのだけれど、オヤジのドアップを下から見上げるだけなのでなにも面白くはない。


そんなことを考えているうちに今度は頭を洗われる。
かなり強い力でゴシゴシとやられるのだが痛気持ちいい。

最後はドライヤーでちゃちゃっと整えて、終わりに小さなホウキで首周りと足元をサワサワっとやる。


金額は昔から全く変わっていないからレジでいつも通りの料金を払う。

古びて重い玄関ドアを押し開けている背中に「ありがとうございました」と店主が声をかける。
私は小さく会釈をして店を出る。