読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

意味のあるネガコメと意味のないネガコメがあるよって話

http://www.flickr.com/photos/37352831@N02/3529215445
photo by welivefast

知らないことを逆手にとって悦に入るバカ

まったく役に立たないネガティブコメントがある。
有名人が取り上げられるニュースにはまず間違いなく「で、誰?」というコメントがつく。
その有名人の知名度がいかほどなのかを客観的に数値にするのは難しいけれど、そこそこ名の知られているような人ですらこういったコメントは書き込まれる。


このコメントには自分が知らない人物なのだから大した奴じゃない、という意味が込められている。
対象を侮蔑する意図が込められているにも関わらず、ろくに頭を使わず定型文のように使える割に殺傷力の高いコメントが簡単にできあがる。

文章力も乏しく、観測範囲も狭い無教養のバカがこういうコメントを便利なツールとしてよく使う。
本来、知らないことは恥ずかしいネガティブな感情になるはずなのだが、厚顔無恥なバカなのでこれを嬉々として攻撃材料に使ってしまう。
自分の無知をいいことに有名人に対して「で、誰?」とコメントすることで手軽に優越感を得ることができてしまうのだ。


有名人にとって知名度というのは己の価値を決める大きな要素の一つだ。
だから知らないということを表明することでその価値を毀損することができる。

同じように揶揄や侮辱だとしでも、その内容にウィットや知性を感じさせるコメントであれば一定の意義がある。
「で、誰?」は非常にお手軽な攻撃方法だから、そういう機知に富んだコメントを書けないけれどマウントだけはしたいバカが寄ってたかって使うことになる。
だからこの手のコメントをよく見かけることになる。


別に罵倒をおすすめするわけではないがそういったコメントをするなら多少なりとも頭を使って読むものに何らかの感動を与えるようなコメントをしろ。
定型文じみたお手軽な文章を嬉々として使ってんじゃねぇ。

ちょっとばかり言葉が汚くなってしまったことをお詫びしたい。

しかしだ、「で、誰?」というコメントは全く建設的ではない。
なんなら今、そのコメントを打ち込んだスマホでもPCでもいい。検索しろ。
そうすればお前の無知を補う情報が出てくるはずだ。
意味のないコメントを打ち込む労力があるなら検索しろバカ。
はぁはぁはぁ……。

再び取り乱してしまって申し訳ない。
正直こういうコメントを見ると頭に血がのぼってカッカしてしまうのだ。



書き手を育てる建設的なネガティブコメント

いままでにも何度も書いてきたがブログを書いている以上批判を受けるのは当たり前だ。
むしろそういった意見すらこないようないい子ちゃんの当り障りのない記事ばかりではつまらない。
批判や指摘のコメントが付くのはそれだけその記事に意味があったわけだ。
コメントを書きたくなる何かがその記事にあった証拠になる。

もちろんそれがネガティブなコメントの場合だってある。
ブログの書き手はそれを読んでショックを受けるが、コメントそのものに意味がある場合はそれを受け止めるべきだ。
ネガティブな意見だったとしてもしっかりと文脈を理解してくれた上で的確に指摘、批判してくれるコメントもある。
辛辣ではあるものの確信を突いた意見は真摯に受け止めて今後の糧にする方がいい。


たまに何でもかんでもネガティブな意見はスルーすればいいみたいに書いている人もいるが、それではもったいない。
もちろんそれも一つの手ではあるかもしれないけれど、それだと記事と読者が完全に分断されてしまう気がする。
ブログとは、コメント欄もそのコンテンツの一部であって書き手と読者の距離が近いことが魅力の一つのはずだ。

だからこそコメントは大切にしたい。
もちろん全く建設的でない罵倒そのものを目的にしたような下劣なコメントも時には書き込まれる。
ストレスを発散するためなのか逃げ場の無いブロガーに向けてヘイトを投げかけてくる。
そういうアカウントに限ってブログもツイッターもやっていない。
ヘイトをまき散らすためだけに作られたようなアカウントとまともに与する必要は無い。
そういったアカウントは完全に無視を決めつけるのが得策だ。

なかには戦えという人もいるが、その戦いは無関係の者からすると興味もないし面白いものでもない。
そんなことにリソースを割くのなら記事の一つでも書いたほうが建設的だ。
アラシとやりあっても実入りは少ない。
ノーリアクションが一番コストに見合う。

ネガティブなコメントだからといって必ずしもそれはアラシではない。
辛辣ではあるもののしっかりと本意を汲んだコメントの場合も多々ある。
なにも書かれないより遥かにありがたいことだ。
そこの判断をブログの書き手として間違ってはいけない。

ネガティブな意見は全て嫌だ。肯定的な意見しか受け入れられない。
そういう人はブログを公開するのは止めたほうがいい。
仲の良い身内だけが読めるようなサービスを利用することをおすすめする。

世界中に公開しておきながら肯定的なコメントのみしか欲しくない、というのは流石に虫がよすぎる。
ネットの片隅でひっそりとやっているのだからほっといてくれ、というのも言い訳にはならない。
たとえ一日当たりの訪問者が一桁のブログだとしても、たった一日で燃え上がり数万の人間の目にとまって吊るしあげられることもある。
ネットに公開するということはそういうことだ。

炎上するのには理由がある。
その理由は大抵自分が招いている。
自分で招いていながら炎上させられた被害者面をする。
ネガティブな意見は受け付けないと開き直る。

炎上後によく見る光景だけどこれでは何も学ぶことはできない。
なぜ炎上したのかを自分で分析して、それに付けられたコメントを検証する必要がある。
つらいけれどこれをやらなければただ燃えただけでなにも生み出さない。
炎上直後にそれをやる必要は無い。
少し時間が経って自分も炎上も落ち着いてからやればいい。


意味のあるネガティブコメントも必ずある。
目にするのはつらいけれどそこから学ぶことは多いはずだ。
同じネガティブなコメントでも意味のあるものを見抜く審美眼を身につけてさらなる向上を目指したい。