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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

トランプに投票したからと言ってその人物の全てを肯定しているわけではない

この記事を読んだ。
www.buzzfeed.com

それでこういったコメントを残した。

アメリカはここまで女性を嫌っている

投票したからと言ってその人物のすべての発言や主義主張に対して全部肯定してるわけじゃないからな。そのへん雑にくくりすぎだろ

2016/11/14 12:03


今回の米大統領選は選挙運動中も盛んに言われていたけれど、「どちらを選んでおけば、より最悪にならないか?」という、極めて消極的な選挙であると指摘されてきた。

これは今回の大統領選が特に顕著だっただけで、どこの国でも、もちろん我が国でも当てはまる。

選挙に行って投票するということは自分の意見を代理してくれる人を選ぶということなのだが、候補者の中に自分の考えと完全に一致する人なんてものは存在しない。

ずらりと並んだ候補者の中から最も近しいと思われる人を選ぶわけだが、だからといってその人物の主義主張全てを肯定しているわけでは決して無い。




例えば私の場合、安全保障の観点はどちらかと言えば保守的な考えだが、経済や社会保障については左寄りな考えを持っている。
この2つは別に矛盾すること無く両立すると思っているので、私の中で矛盾は発生しない。
しかし国政選挙でこのような主義主張をしている候補に少なくとも私は会ったことがない。

経済面ではこの人がいいなと思っても、安全保障の面で明らかにお花畑理論を述べていたりすると、投票したくなくなる。
同じように安全保証の考え方が私と合致しても、社会保障の方向性が新自由主義みたいな感じだとやはり投票したくない。

じゃあ、私は毎回投票を棄権しているのかというと、そんなことはなくて結局誰かに投票しているのだ。

必ずしもその人の全てに同意はできないけれど、少なくてもこの候補者の中ではベストではないがベターな選択だろうと思う人に1票を投じている。
これは政党も同じで、私は自民党を一応は支持しているが、その政策の全てを肯定しているわけではない。
特に一部のネオコン的な流れには完全に反対の立場だが、自民党よりも良いと思える政党が無いのもまた事実だ。
そうなると消去法的に自民党ということになってしまう。


民主主義というのは必ずしもポリティカル・コレクトネス的に正しいものが選択されるわけではないのだが、それが顕著に現れたのが今回の大統領選で、その事実を見せつけられた人々が困惑するのは大変良くわかる。
ただ、歴史が証明するように民主主義は過去にも同じことを何度も繰り返してきた。

悲観的な物言いになってしまうが、民主主義は決して「正しさ」を測るものではないし、あくまでもその瞬間の国民が求めている最大公約数的なものが解として洗い出されるシステムなので、過度な期待はしないほうがいい。


話を冒頭に戻すが、今回トランプに投票した人は、必ずしも彼の全てを肯定しているわけではないはずだ。
ヒラリーとトランプという究極の2択から選んでいるわけで、各々の主義主張の許せる部分許せない部分と言うもののせめぎ合いの中で国民が選択した結果がアレというだけだ。
トランプが勝ったのだから「PCは死んだのだ」みたいな話はさすがに飛躍しすぎだし、世論を単純化しすぎていると私は思っている。