ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

無意識に使っている差別語をやめさせるのはとても大変ということ

このブログの読者さんであれば今まで何度も書いてきたので御存知だと思うが、私は以前電気関係の仕事をしていた。

エアコンの取り付けや修理、電気工事やアンテナ工事。
そういった現場で10年ほど働いていたことがある。

どの業界でもそうだと思うが、その中でだけ通用する言葉というものがある。
いわゆる「業界用語」と呼ばれるものだ。

それは仕事における意思疎通の中で誤読や聞き間違えなどが発生しないように、過去の失敗事例などが元になって現在使われているような言葉に進化しているケースが多い。

例えば私がいた電気業界だと当たり前のように使われている「オス、メス」という語。
2つの部品が組み合わさるような場合でよく使われる言葉だ。

凸状の部品をオス、凹状部品をメスと言ったり、何かを差し込む場合に挿す側をオスと呼び、受け側をメスと呼ぶ。

これらは単純にイメージしやすいという理由から多くの場面で使われているのだと思う。


「メクラ」という言葉も多く使う。
エアコンを設置する場合は配管を通すために壁に65⌀の穴を空ける。
後日、引っ越しなどでエアコンを取り外すと当たり前だが壁に空いた穴が残ってしまう。

その穴を養生してふさぐ行為を業界用語で「メクラする」と言う。
例えば私がエアコン本体を外してその他の作業をしている時に後輩に、「おーいメクラしといて」などと言うのだ。

これはエアコンだけに限らず、何かを撤去したあとに穴などが空いている場合に、それを問題ない状態にまで養生すること全般を「メクラ」と呼んでいた。

エアコンで空いた穴を塞ぐ専用のキャップがあるが通称「メクラキャップ」と呼ばれていたし、某大手メーカーに発注するときも用紙にメクラキャップと書いてFAXしていた。
と言うよりも、おそらく別の正式な部品名が存在していたはずだが、それを誰も知らなかったし「メクラキャップ」で全く問題なく通じてしまう世界だったので疑問に感じることは一切なかった。

ちなみに「メクラキャップ」でグーグル検索すると、私の言っている部品やそれ以外にも同じような用途に使う部品がずらっと出てくる。
そして中にはエアコン用では無いが商品名がズバリそのものも出てくる。



「アイヌ殺す」というヘイトスピーチ問題

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サムライスピリッツというゲームに登場したアイヌを出自に持つナコルルというキャラクターがいる。
このキャラクターが存外に強いため「次こそはナコルルを倒す」という意味合いの文脈の中で「アイヌ殺す」というツイッターでの発言があった。
このつぶやきに端を発する喧々諤々の論争が一部で巻き起こっている。

はてこさんの書かれた以下の記事が詳しい。
ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ - はてこはときどき外に出る

アイヌ民族尊重の呼びかけに関する嘆願書 株式会社SNKプレイモア ならびにナコルル声優 生駒治美さん、中原麻衣さんへ - はてこはときどき外に出る

各方面からあらゆる意見が噴出していて、いまだに騒動は収まっていない。
私にとってこの手の話は門外漢だしとても難しい問題だと感じているので、あれこれ言う立場にないと自覚している。

ただ一言だけ言わせていただけるなら「アイヌ死ね」という言葉はやはり問題含みであるし、こういった発言は慎んだほうがいいと思っている。


しかしその反面、この問題の一番最初の出来事はゲーム好き同士の会話の中で出てきた「アイヌ死ね」という言葉だった、というところは少し考慮しなければいけないかもなとも思う。

推測になるが、この会話の当事者たちはあくまでも仲間内だけで通じる「業界用語」的な気持ちだったのではなかったか。

確かに、Twitterは世界中に公開しているわけだから、そのなかで「アイヌ死ね」という言葉の刺激は極めて強いし、この文言をアイヌの方たちが目にした場合にどういう気持ちになるのかは明白だ。
ただ、例の言葉は@マーク付きの会話の中で使われている。


Twitterの仕組みをご存知のかたであればご理解いただけるが、@マーク付きのつぶやきはあくまでも指定されたユーザー間のつぶやきとなって第三者のタイムラインに流れてこない。(注:双方のユーザーを共にフォローしている場合はTLに表示される)
だから基本的には発言者のTLを遡って確認するか、あるいは特定の単語を検索して拾わなければ目に入らないということになる。

@マーク付きの会話というのはそういった性質があるので、なんとなく閉じた世界での発言のように感じてしまうのもおかしくはない。
つまりこの発言を取り上げられたユーザーからすると、個人的な会話の中に突如割り込んできて、仲間内だけで通じる単語に言いがかりをつけてきたという受け止め方をしてしまうのも理解できるところではある。



冒頭で電気業界のなかで使われている「業界用語」について書いた。
「オスメス」という言い方もおそらくジェンダー的には問題になる言い回しだろうし、場合によってはその単語の使われ方で気分を害する人もいるだろうと思う。

「メクラ」に至っては、その単語自体が差別的であるとしてかなり前からマスコミでは使われなくなったにも関わらず、未だに日常的に現場で使われている。
これだって無意識な差別だ。

確かにこれらの言葉は現場の中でしか使われていない。
そこにいる人間は基本的に関係者だし、同じ言葉を使っているから問題は起こらない。
けれどこういった状況を一歩離れた場所から俯瞰したら、やはりポリティカル・コレクトネス的には問題だろうと思う。
私を含めた多くの者が、自分が日常的に使っている業界用語に差別的あるいは侮蔑的な意味が内包されていることについて意識していない。
今回の一件はこういったことを顧みる良いきっかけになった。


ただそれと同時に悪意なく無意識に染みついてしまっている言葉を、見知らぬ誰かから突然「それはヘイトスピーチだ」と糾弾されたらやはり面食らう。
それはポリティカルコレクトネス的に正しい行いだとしても、糾弾された相手がすぐさま非を認めるのは難しいと思う。

そういった問題のある言葉を批判したり指摘するのは「個々人の無意識な差別をやめて皆が傷つくことなく平和に暮らせるための世界」にするための手段であって、相手をPCの鉄槌でもって叩き潰すことが目的ではない。

ネット上で巻き起こる、この手の論争は悲しいかな相手をいかに叩き潰すかが目的になっているように見えてしまうのもまた事実だ。
もちろんご本人たちからはそんなつもりはないと言われるだろうが、第三者的に事態を観測しているとPC的に間違っている相手が、今後是正してくれるように導いているとはとても思えない言動が見て取れる。
いわゆる「その意見は正しいが言い方が気に食わない」という状態が発生していて、本来の目的からはかけ離れて、ただ空疎で乱暴で果てしない言い合いだけが広がっているようにこちらからは見えてしまう。

もちろんこんなことを言い出すと「私はあなたの親でも先生でもないのになぜ優しく言い含める必要があるのか?」という反論をいただくだろうけれど、本来の目的はあくまで「ヘイトスピーチをやめさせること」なので、それを達成させるための最適解は強い言葉で相手をコテンパンに言い負かすことではないはずだ。

むしろ批判する側のやり方が先鋭化すればするほど「それは言葉狩りだ」という反感を招く結果は容易に想像できる。

やはりいくら正しいことでもそれが相手に伝わらなくては意味がない。
誰かの考え方を変えさせるというのは一朝一夕でできることではないし、途方もないことではあるものの目的を達成させるためには地道にコツコツと活動していくしかないだろうと思う。