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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

アイスバケツチャレンジに感じるモヤモヤ感はいったいなんなのかを考えた

http://www.flickr.com/photos/40510080@N04/14550950015
photo by DaveLawler

氷水をバケツに入れて頭からかぶるパフォーマンス

今さらこの話題に触れるのかよと自分でも思うけれど、ちょっと考えたくなったので勘弁していただきたい。
今回のアイスバケツチャレンジについての考察をされている記事を何本か読んだけれど、ズバッと腑に落ちる記事には出会えなかった。
どれも素晴らしい考察なんだけれど、俺の中にあるモヤっとした気持ちをそのまま言語化してくれてスッキリみたいな記事は見つからなかった。

だからまあ自分でどうにかこのモヤモヤを言語化しようとキーボードを叩いているわけだけれど、どういう着地点に向かって行くのかわからないまま書き始めているから恐ろしい恐ろしい。



これだけ話題になったニュースだから知らない人はほとんどいないと思うけど、一応アイスバケツチャレンジの簡単な説明を引用する。

アイス・バケツ・チャレンジ (Ice Bucket Challenge) あるいはALSアイス・バケツ・チャレンジ (ALS Ice Bucket Challenge) は、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の研究を支援するため、バケツに入った氷水を頭からかぶるか、またはアメリカALS協会(英語版)に寄付をする運動。2014年にアメリカ合衆国で始まり、Facebookなどのソーシャルメディアを通して社会現象化し、他国にも広まっている[1][2]。参加者の中には各界の著名人や政治家も含まれており、寄付金の増加やALSの認知度向上に貢献している。
アイス・バケツ・チャレンジ - Wikipedia


こちらはジャスティン・ビーバーがアイスバケツチャレンジしている動画

Justin Bieber Ice Bucket Challenge! (Challenge's Barack Obama, Ellen, Chris D'Elia & His Beliebers) - YouTube


いったい何に対してモヤモヤするのか?

俺が初めてこの話題を知ったのはFacebook創設者のマーク・ザッカーバーグが氷水を被った動画を見たのが最初だと思う。

これを見て「いかにもアメリカ的な金持ちのお遊び」という感想を持った。
いつもならそのまま思考停止してそれ以上、掘り下げたりしないのだけれど、この一連の行為が日本にも入ってきて、孫正義氏やキングカズ氏までもがこれをやっている映像を見た。

そういった「いかにもアメリカ的」なものを我が国の有名人たちが次々とやり始めると、当初感じていたモヤモヤは加速度的に膨れ上がってきた。
しかしこの時点ではまだそのモヤモヤがなんなのかイマイチ自分でわかっていない。

ここ数日、このモヤ感がなんなのかを説明してくれそうなモノを探していたのだけれどなかなかしっくりくるのものが無かった。


ネットでの声としては俺が当初感じた金持ちのお遊びと解釈した人も多かったし、だからと言って必ずしも反対意見だけがしめていたわけじゃない。
なんのかんの言ったってALSの知名度の貢献に役だっているし、何よりも寄付金が集まっているのだから例え偽善だとしてもいいじゃないか派は、それなりにいる。
やらない善よりやる偽善のほうがなんぼか素晴らしいと常日頃思っているから、この考え方には賛同するけれどそれでもモヤモヤ感が残る。


アイスバケツチャレンジに対する批判的な意見はどちらかと言うと後付感が強い。
セレブな連中のアイスバケツチャレンジを見て感じる、なんだかムカついたりイライラしたりする感情を、そのまま出したら身も蓋がないので、それなりに理由になりそうなものを見繕ってくっつけている。そんな気がした。
例えば「氷水をかぶるのは心臓に負担がかかるから危険」のような反対意見は実際には確信を突いてはいない。口汚く言えば難癖をつけただけにすぎない。
こういうことを書くと「実際に事故が起きてるじゃないか」という批判がくるのが予想できるけれど、それはアイスバケツチャレンジに感じるモヤモヤとは別件であるのは懸命な読者様ならわかってもらえるとおもうのでフォローしない。


結局このアイスバケツチャレンジに感じる違和感というかモヤモヤはイマイチ言語化しにくい。だから心にモヤっとしたまま関連ニュースを読むから更に悪化する。そういう悪循環が現在続いている状態だ。



ここから強引に俺なりの解説をする

根底にあるのはやはり嫉妬心なのだと思う。
アイスバケツチャレンジは自分から始めるものではなくて誰かから指名されて行うものだ。つまり自分の周りにこのイベントに声がかかるような人物がいなければ完全に別世界の話になる。
別世界の出来事であるにもかかわらず、SNSが発展した現代においては有名人と何者でもない自分との距離感が、何故か近いと勘違いしてしまう環境にいる。

SNSが発展したおかげで有名人に話しかけることさえ可能になった。(殆どの場合は無視されるが)
一昔前では考えられないことだ。
なかには一般人としきりにコミュニケーションをとる有名人もいるからますます距離感がわからなくなってくる。
もちろん冷静に考えれば有名人とは住んでいる世界が違うことぐらいわかっているのだが、なまじ同じツール(ツイッター等)を使っていると同一の水平線にいるような気がしてしまう。


今回のアイスバケツチャレンジは、そのなんとなく身近に感じていたセレブがやっぱりセレブなんだとみせつけられたことに、若干のイラツキと嫉妬と、自分は関われないという疎外感があるんじゃなかろうか?


それともうひとつは、というかこっちが本命だ。
セレブの連中が難病のチャリティのはずなのに、どいつもこいつもなんだか楽しそうな点だ。
動画を見ると遊びの延長に見えるというか遊びそのものに感じる。
もっと言えば氷水という多少危ないものを使った「悪ふざけ」にみえる点に違和感を感じるのだと思う。

ところが目的はチャリティだから正面切って「病人をだしに使って遊んでんじゃねえ」とは言いづらい。

おそらくこの「難病をネタに遊んでいるような気がする」ところがモヤッとする主成分なんじゃないかな?


不謹慎だと断罪できるほどわかりやすい悪ふざけでもないし、元々目的はチャリティだし、やってるのは有名人だし、俺には声なんてかかるわけ無いし……。
というような感情が渦巻いてモヤっとするのだと思うのだけれど、どうでしょうかね?
ちょっとはスッキリしましたでしょうか?
かなり強引でしたがこちらからは以上です。
https://twitter.com/hakubi/statuses/503020498981109760


トピック「アイスバケツ」について