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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

オンタイム視聴を苦にしない若い世代の出現

コラム

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もう20年以上前の話だが、私の記憶が正しければ中学2年のときに貯めていたお年玉をはたいて、FUNAIのビデオデッキを購入した。
これによってようやくテレビ番組をオンタイムで見なくても良いという環境ができた。
それまでは「ひょうきん族」を見るためには、土曜8時にテレビの前にいなくてはいけなかったし、裏番組の「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」を同時に見ることは不可能だった。

それがビデオデッキを手に入れたことで、放送時間に縛られることもないし、リアルタイムであれば裏番組を録画しつつ同時間帯の見たい番組が見れるわけで、テレビっ子だった少年時代の私にとって恐ろしく画期的な出来事だった。


時は進んでその後、家電好きだった私は電気屋に就職することになり、当時発売されたばかりのSONYのHDDレコーダー(確か60GB)を購入した。追いかけ再生という驚きの技術に歓喜していたのを覚えている。
まだ地上波デジタルの試験放送すら始まっていない頃の話だ。


今でこそHDDレコーダーが普及して追いかけ再生や2番組同時録画などの機能は珍しくなくなったが、始めてHDDレコーダーを触った時は「時代が変わった」と感動した。
それまでのVHSテープは早送りや巻き戻しというテープメディアであるからこその宿命的な使い勝手の悪さがあった。
そういった縛りから解放されて自由自在にオンデマンド視聴できるようになったのは、本当に便利で未来技術がひとつ実現したんだなという感慨すらあった。


なぜ単なる録画機器に対してこんなに暑苦しい思いがあるのかというと、テレビという当時では「絶対的な娯楽」だったものを楽しむために、オンタイムでその前にいなくてはいけなかったという縛りから解放されるということは、今の若い人たちからだと大げさに感じるかもしれないが、まさに画期的なパラダイムシフトだったからだ。

オンデマンドで視聴できるということは、今までテレビ局の都合に合わせなければならなかった自分が、今度は逆に自分の好きな時間に視聴できるという権利を得たことで、まさに鎖が外れた自由の象徴みたいな感覚だった。





最近の若い子たちの動向を見ていると、テレビ離れが進んでいると聞く。
まあそれは確かに昔に比べてテレビ番組一つ一つが小粒になった印象は拭えないし、一部の番組を除いては明らかにつまらない番組が増えたと私も感じるから仕方ないことだとは思う。

で、その若い子たちがテレビを見なくなって代わりに何を見ているかと言うと、ニコ生やツイキャスだったり、最近始まったAbemaTVだったりする。

これらの共通点は「オンタイム視聴」というところだ。
ニコ生にもツイキャスにも一応録画はあるけれど。基本的には放送が始まったら皆でわいわいしながらオンタイムで視聴するという楽しみ方が主流のようなのだ。


上で散々書いたように、おっさん世代としてはテレビという、当時の娯楽の王様の「オンタイムでなければ見れない」というキツイ縛りから、ビデオデッキやHDDレコーダーという革命的発明品によって解放され、自由を得たカタルシスに酔っていたのに、今の若い世代は「オンタイム視聴」に先祖返りしているというところになんだか不思議な感覚になる。


これはきっと同じものを同時に視聴しているという「ライブ感覚」が、スマホ画面の向こうからキックバックしてくるような仕組みが作られているからこそ、オンタイムで視聴したくなるという心理なのだと頭では理解しているものの、ようやく技術やネットが進歩してコンテンツを消費する際に、自分の都合で融通できるようになったのに、また時間に縛られるものが人気を博しているところがなんとも言えない妙な気持ちになる。

ただ、この流れはきっとこれからも続いていくだろうし、おそらく今後の娯楽は旧態依然とした一方通行の与えられるだけのものではなくて、視聴者側が参加することで盛り上げていく、同時進行的でライブ的なものにシフトしていくのは当然だろうとも考えている。

ニコ生やツイキャス、AbemaTVなどの「ストリーム型メディア」と、YouTubeやHulu、dtv、Netflixのような「ストック型メディア」の2つがネットのコンテンツホルダーとして存在しているわけだが、オンデマンド視聴派の私としては、このままストリーム型が隆盛を増していくと、やがてストック型のメディアが衰退していって先細りになったりはしないだろうかと少々心配してたりする。