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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

東京に対する様々な思い

コラム

http://www.flickr.com/photos/23249662@N03/13243291443
photo by Luke,Ma

東京に対する感情っていうのはとても一言で済むような単純なものではない。
憧れ、期待、妬み、嫉み、嘲り、羨望、蔑み、希望……。
様々な感情が内混ぜになっている。


田舎に生まれて田舎に育ったから、ヒト、モノ、カネの全てが集まる東京というものが眩しい存在でありながら憎らしくもある。

地方の人や物や金を吸い上げることで栄華を極めるエルドラド。


もちろん超大な税収があるからそれを地方に還元してるという構図は理解している。
金は地方に還流しても、人と物までは簡単には還元されない。

地方都市衰退の主な要因はそこにある。





私の住んでいる静岡県は気がついたら人口減少県になっていた。
その要因は若者の大都市への流出だ。
進学や就職を期に大都市へ出ていってしまう。
優秀な人材程出ていってしまうのは、地方よりも東京の方が様々なチャンスに恵まれているからだ。

自分の才能を最大限活かすことができる場に出会う確率は圧倒的に東京が高い。


才能が開花するか否かは、多分に誰かによる「評価」が必要になる。
誰かに発見されて評価されることでその才能に日の目があたるわけだが、そういった「誰か」や「場」にめぐり逢う確率を最大限に高めるためには東京に出ることが一番だ。

だからこそ才能のある若者は地方に留まることなく東京を目指す。
http://www.flickr.com/photos/12836528@N00/5257299525
photo by kevin dooley


世界でも有数の大都市になった東京は、人物金だけでは飽き足らず、才能までも地方から吸い上げてしまう。
インターネットがこれだけ発展しても、大都市と地方とのあらゆる格差の抜本的な解決はできていない。


地方都市の形骸化を止めようと様々な政策が打たれているが、才能ある若者をあの手この手で地元に留めた結果、その才能を埋没させてしまった場合に誰がその責を負うのか。

私は無限の可能性を持つ若者たちに、地元のためにここに残って頂戴とはとても言えない。

http://www.flickr.com/photos/57252829@N05/7131011211
photo by Takeshi Garcia


私の友人知人もその多くが大都市へと移住していった。
私自身は地方に残ったがその選択が正しかったかと問われると口ごもる。

若い頃に持っていた夢や希望を叶えるためには、東京に出ていたほうが良かったのではなかったか?という自問自答は今になって私を苦しめる。

自分の才能を最大限活かすだけのチャンスを自身に与えたのか?
移住する際の新たな地での新生活というストレスが嫌で、なんのかんの理由をつけて地元に安寧していただけではなかったか?


まったく新しい環境に身を置くということは多大なストレスがかかる。
それを嫌って、あるいは理由にして、自分自身の可能性を握りつぶしたような気がしている。


不惑の歳になったのに、いまさらそんなことを思い出して胸が苦しくなる。