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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

自分は【ミニマリスト】かもしれないなぁって話

コラム ミニマリスト

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出世魚というのがある。
地方によって多少差があるが俺の地元ではブリのことを4種類に分けて名前を付けている。

ワカシ 40センチ以下
イナダ 40センチ以上60センチ以下
ワラサ 60センチ以上80センチ以下
ブリ  80センチ以上

魚の種類は同じなのだがその大きさによって名前が変わる。
ブリ系の魚は一年中様々な場所で捕れる。
同じ日にブリの群れに出くわす事もあれば、ワカシの群れにしか当たらないこともある。
この魚は大きさによって商品価値が大きく変わる。
つまり大きさというのが重要な情報となる。

名前に大きさという情報が加味されているから、情報伝達が大幅に省けることになる。
例えば「今日は金洲でワラサが大量だった」という漁師の言葉があったとする。
金洲は場所のことだが魚体の大きさについては、ワラサという言葉に大きさまで加味されているからわざわざ言及する必要が無い。

このように言葉には多くの情報が内包されている。
お互いにそのルールを共有しているから言葉は優秀な意思伝達ツールになり得る。


昨日書いたこの記事

言葉の定義を決めたほうがいいんじゃないか?という俺の提案はどうも受け入れられないらしい。

ミニマリストを自称している人に「その定義あんたが知ってどうするのか?」とまで言われる始末だ。


言葉を使って意思疎通するのに、その言葉が持つ意味を共有しないでどうやるのか本当によくわからない。
よくわからないから自称ミニマリストの人に質問してみるのだが、定義すること自体愚問のようだ。



俺は純粋になんでそのあやふやな仲間内ですら定義がままならない「ミニマリスト」という言葉を選んで自称しているのかが知りたい。
他にもいろんな言葉があるにも関わらずミニマリストを選んだのだから、そこに意味があるはずなんだが、そこを聞こうとすると有耶無耶にされるというかはぐらかされる。




俺自身、どちらかと言えばミニマリストなんじゃないかと思っている。
もちろん自称するつもりなんかないのだけれど、自分のモノの持ち方を鑑みるとミニマリストを名乗っている方々と考えかたは非常に近い。


俺はモノを大事にしたいタイプだ。
それはモノを捨てられないということに繋がるから、本来ミニマリストとは相性が悪い。
それでもシンパシーを感じるのは俺がモノを買う時に相当吟味するからだ。
吟味に吟味を重ねて必要なモノしか買わない。
そのかわり買ったものは大事にする。
惚れに惚れたモノだけに囲まれて必要のないモノは手に入れない。

それは特に俺の趣味である「釣り」にその趣向が大きく影響している。
メインで愛用している道具はそのどれもが10年以上使っている。
竿とリールに至っては20年以上使っているものがゴロゴロある。
毎年最新のテクノロジーを詰め込んだ新製品が発売されるのだけれど、そういったモノよりも手に馴染んだ道具に愛着が湧く。

多くの道具はいらないけれど自分が惚れた道具だけを身の回りに置いておきたい。
この考え方はミニマリストの門外漢である俺だが、かなり親和性があると思っている。

普段の生活だってそうだ。
余分なものは買わない。なるべく不必要なモノは持ちたくないと思っている。
それは自分がモノに埋もれてしまうことで身軽になることが出来ないと、本能的に知っているからで何かにあるいは誰かに影響されて啓発されたわけじゃない。

好きなモノは手に入れるが必要以上のモノはいらない。
お金があっても贅沢はしたいとは思わない。
貧乏を楽しむとまではいかないけれど、そこそこのお金があればそれでいい。
消極的とも感じられるが正直そんな感じで生きている。

仮に宝くじが当たってあぶく銭が手に入ったとしても、毎晩夜の街に繰り出して豪遊なんてことはきっとやらない。
釣りに行くときの車を車中泊ができるように一回り大きなものに買い換えることくらいはするかもしれないが、生活を大きく変えるつもりは毛頭ない。

簡単に言うと欲が無い。

自称はしなくても俺の生活を誰かが観察したら「シンプルライフ」とか「ミニマリスト」とか言うんだと思う。
それくらい俺の生活は地味で質素だ。


なんでそんなにミニマリストにこだわるのか?」と言われた。
ミニマリストという言葉を初めて見た時にとても興味がわいた。
それは自分の生活はまさにそんなイメージだったからだ。
だからもっと深く知りたくなった。
最初はそれが理由だったんだが、調べてみると定義も定まっていないし、自称している人たちもそれぞれスタイルが違いすぎて全体像が見えなかった。
だから定義が知りたかった。
もしくはミニマリスト界を引っ張っているモデルケースみたいな人がいればよかったのだが、そういう人も見つけられなかった。


あまりにあやふやで理解できなかったから最初の記事を書いた。

あの記事を書くことでもっと深く理解出来るのではないかと淡い期待があったのも事実だ。
ミニマリストを自称する人たちが反応して言及してくれたら、お互いに理解が深まるかもしれないと期待した。

けれど期待したような結果にはならなかった
おそらく俺のアプローチの仕方が悪かったんだと思う。。
残念だけれどこの記事を含めた一連の記事は意味もなくミニマリスト界隈を騒がせただけで何も収穫は無かった。

明らかに否定的な言説から入った俺のやり方が悪い。
こういうやり方は何も生み出さないことがよくわかりました。
ミニマリスト界隈の皆さん、お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。

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