読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

ミニマリストという言葉の定義付けはやっぱり必要だろって話

ミニマリスト コラム

4062183021
ここのところ何かを書く、表現するということが億劫になりすぎていて、あれだけ好きだったブログを放置してしまうくらいには悪化している。
この強烈なスランプの原因は大体見当がついている。

先月の後半にミニマリストについて論じた。
この議論というかなんというか、今となってはどうしようもない一連のエントリーの不毛さに疲弊してイロイロ嫌になった。
断っておくが誹謗中傷に心が折れたわけじゃない。
そうではなくて、ミニマリスト界隈の徹底して議論を避ける態度に心をやられてしまったということだ。


はてなという場所はブログ界においても珍しいくらいに議論が活発な「場」であるのはご存知だと思う。
誰かが議論の叩き台になる記事をあげたらそれに乗っかる形で別の人が記事を書く。更に別の人が全く別の視点から斧を投げてきたりする。
そういったところがはてなの魅力であって、はてなの気持ち悪いところでもある。

そういう「場」としてのはてなが好きだから俺はここで書いているし、議論に参加したりする。

ミニマリストっていうのは簡素清貧ってことでいいかな? - ネットの海の渚にて
ミニマリストについて書いたこの記事は、最近一部で話題を振りまいていたミニマリスト界隈をこっち側に引っ張りだす思惑があった。
ミニマリストという言葉のあやふやさを指摘して「ミニマリスト」という言葉の定義というか共通のイメージを構築したいと思ったからだ。

そのために例の記事を書いたがミニマリスト界隈の反応は想像を覆すものだった。



ミニマリストは名乗ればそれで誰もがミニマリスト
ミニマリストっていう言葉に定義なんか付けたくない
定義付けなんかしたら気軽に名乗れなくなるじゃないか
定義なんて馬鹿らしい

こんな感じの反応が返ってきた。


正直に言ってこれで心が折れた。
ミニマリストという言葉を前面に掲げて名乗っているにもかかわらず、ミニマリストという言葉の説明すら出来ない連中を相手にしていたことに心底がっかりしたからだ。(一部に自分なりの定義を示してくれた方もいます)


ミニマリストという言葉を定義付けするための途上に喧々諤々があるならまだしも、 定義付けそのものをやりたくない拒否するという姿勢に決定的な溝があると確信した。
これは話し合い云々では到底埋められない深い深い溝なので、これ以上この界隈に関わるのをやめようと決意してこの記事を書いた。

自分は【ミニマリスト】かもしれないなぁって話 - ネットの海の渚にて

この時に自分でも知らないうちに大きなダメージを負っていたようでその後、急激にブログを書くモチベーションが減少した。
だから今月の記事数は悲惨なものだ。

そんななかこの記事を読んだ。

「言葉の定義」を推奨しない世界の危うさの話 - 無要の葉
俺が感じていたモヤモヤを言語化してくれた気がして、ムクムクとまた記事を書きたい欲が盛り上がってきて今こうしてキーボードを叩いている。


ミニマリスト議論の不毛さ

今思い返してもあの一連のやり取りは、やはりおかしい。
ミニマリストという聞きなれない新しい言葉を、自分を表す言葉として掲げているのだから、その言葉を皆に共有させるための定義付けをしなければならないのはその界隈の連中だろうと思うのだ。
なにせミニマリストを名乗って啓蒙活動しているのだから。

言葉は互いに意味を共有していなければ意味を成さない。
同じ言葉を扱っていながら同床異夢ということが起こるのなら、そんな言葉は使いものにならない。

新しい言葉を使うならそこに「命」を吹きこまなくてはならないはずだ。
言葉の命というのは「定義」に他ならない。

言葉の意味付け、定義付けを拒否するのはその言葉を殺すことと同義だ。
使う人、読む人。それぞれが勝手な解釈をしていい言葉なんて言うものは、言葉そのものの破壊でしかない。

言葉を使ってコミュニケーションを取る以上、その言葉に意味が共有されていなければ成り立たない。


名乗ればそれでOKのような甘々な定義の言葉では、他人になにも伝わらない。
そのゆるさがいいなんて言っているがそれは言い訳でしかない。
定義付けをされたら気軽に名乗れなくなるなんて言うのも詭弁に他ならない。
定義付けをして息苦しくなったというのならまた別の言葉を作ればいいじゃないか。
ミニマリストっていう言葉を引っ張ってきたように。


「定義がない」=「中身が無い」

言葉の定義が無いということは中身が存在しないということになる。それはまさにメッキであって、あの界隈はそのメッキをありがたがって使っているということになる。
俺が提案したように、定義付けをせよと言われると、それがメッキだとバレてしまうだけでなく、剥がれ落ちてしまうからあのような反応だったのだろう。

要は、ミニマリストを名乗っているにもかかわらず、そこになんら定義付け出来るような「何か」を持っていなかったのだと思う。

定義付けを嫌ったのは、自由を奪われるとか、ゆるさがいいところだから、などというのは言い訳でしか無く、はじめから中身が存在しないから定義付けが出来なかったとしか思えない。
人に誇れる素晴らしい物がそこにあるのなら定義付け出来たはずだ。


自称ミニマリストの方々へ

頑なに定義付けを拒んだのは、そもそも定義付け出来るようなものが無かったのではないですか?
ミニマリストを名乗って活動して、尚且つブログを書いて啓蒙しているのだから、その言葉に意味を与えるのはあなた達の役目では無いのですか?
子供に「ミニマリストってなあに?」と質問された場合にどう答えるのですか?
もしその答えが思い浮かんだのなら、それこそがミニマリストの定義の核になる部分だと思うので教えてもらえないでしょうか?
自称ミニマリストの皆さんよろしくお願いいたします。

寅さんなんてどこに行くのもトランクひとつなんだからまさにミニマリストっぽいよね。そんな事言ったら寅さんにどやされそうだけど……。