押井守の恐るべき先見性
まずこの作品が1989年公開だということを理解していただきたい。
Windows95が発売されるまであと6年も待たなくてはならない。
この時代のWindowsは2.0や2.1の頃で、今のように一般人がコンピュータを触るような環境とは程遠い。
コンピュータに詳しいのは今風に言えば一部の「ギーク」な連中で、それこそPC8801やPC9801等を使って、カセットテープからゲームを読み込んでいたりしていた連中くらいしかいなかった。
そんな時代なのにこの映画は「OS(オペレーションシステム)」を主題に扱って展開していく。
作品内ではレイバーというロボットがOSによって制御されているという前提が当たり前に語られる。
今でこそ「OS」というものを皆が意識したりするが、パソコンと全く関わりが無かった当時の観客は、冒頭から置いてけぼりにされたに違いないが、物語は歩を緩めない。
そのOSを篠原重工が開発した画期的なOSである「HOS」(ホス)に書き換えることで、レイバーの作業効率が30%アップするということが物語の引き金になっている。
パソコン自体を触ったこともないような人が多数の時代に、こういったテーマで作品を作ろうとするのだから押井守監督の先見性は凄まじいというしか無い。
この作品を初めて見たのは映画館ではない。
確かLDが発売されて、それを友人宅で見たのが初見だったと思う。
今なら理解できるけれど25年以上も前のことだから「OS」だの「コンピューターウィルス」だの言われてもさっぱりわからなかった。
当時から、観客を置いてけぼりにすることを厭わない押井の手腕に対しては、批判の声があったようだが、公開から25年以上経っても充分に視聴に耐える作品であるということは、監督のやり方は正しかったということになる。
パトレイバーが影響を与えた作品
この作品は1999年が舞台になっていて、もうすでに実際の時間のほうが進んでしまっている。
特車2課があるのはお台場だ。
埋立地でだだっ広い何もない東京の僻地としてお台場は劇中に存在している。
こう書くと何かを思い出さないだろうか?
「踊る大捜査線」も同じお台場が舞台になっている。
しかも空き地だらけだったから通称「空き地署」だ。
刑事物なのに極めてリアルに警察内部の人間模様が描かれるのもパトレイバーと共通点がある。
それもそうなのだ。
踊る大捜査線を作った本広克行氏はパトレイバーに大きな影響を受けたと自身が語っている。
砂の器のオマージュ?
押井監督は相当な映画マニアとして有名だが、自身の作品の中にオマージュを差し込む事が多い。
今作ではおそらく松井刑事の聴きこみパートは「砂の器」のオマージュだと推測している。
丹波哲郎と森田健作が「カメダ」をキーワードに駆けずり回るシーンと「エホバ」をキーワードに足で捜査する今作はとても似ている。
帆場暎一
作品の冒頭で不敵な笑みを浮かべながらいきなり海に身を投げてしまう「帆場暎一」
彼は自分自身を「E,HOBA」つまりエホバになぞらえる。
エホバくだりて、かの人々の建つる街と塔を見たまえり。いざ我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。ゆえにその名は、バベルと呼ばる
天才プログラマーである帆場は、聖書の言葉を暗喩させるように自らの犯罪ですら完璧にプログラミングした。
自分のプログラムに絶対的な自信があるから、最後まで見届けることなく自らの命を絶つことが出来た。それも成功を疑わず笑みを浮かべながら。
特車2課の面々はこの謎多き天才に立ち向かうわけだが、方舟の第二監視室に死んだはずの帆場暎一の生命反応があるというシーンは珠玉の出来だと思う。
映画の半分は音で出来ている
映画の半分は「音」で出来ていると言ったのは押井守だが、当然ながらこの作品も音楽が素晴らしい。
担当した川井憲次の楽曲は文句のない出来で、特に戦闘シーンの音楽はとにかくアガる。
ガラス球の目を持つ鳥の意味
今作には非常に多くの鳥、もしくは鳥を想起させるアイテムが頻繁に出てくる。
冒頭の帆場の身投げシーンでもカラスが登場してくるし、帆場のネームプレートを付けていたのもやはりカラスだ。
何かの対談だったとおもうが、押井監督は「鳥の目はガラス球みたいで不気味である」というような趣旨の発言をしたのを憶えている。
むしろ鳥が苦手とまで言っていたのに、今作では何かの暗喩の如く頻発させている。
次作である「機動警察パトレイバー 2 the Movie」にも同様に鳥が何度も出てくる。
押井監督がここまで鳥にこだわったのには当然意味があるのだと思うのだが、それが何かというのは、初見から20年以上経っていて、尚且つ10回以上も視聴しているのに未だにわからない。
ある程度の想像はできるが、しっくりくるところまで昇華できない。
これについては誰かが納得できるような解釈をしてくれるのを期待している。
パトレイバーの魅力
昔からある勧善懲悪のわかりやすいロボット物というストーリーからは、はるかに逸脱して、警察内部の人間模様、カミソリ後藤の人間掌握術、サスペンスドラマと見紛うような演出等など挙げていったらキリがない。
さらにはまだコンピューターというものが得体のしれぬ物であった時代にも関わらず、「OS」という概念を当然のように使い、さらにコンピューター・ウィルスが混入されていて、そのトリガーが何かを探るのが今作の主軸になっているのだが、改めて見返すとその先見性の高さに驚かされる。
それともう一つは押井守監督の潔さだ。
こういった一般的ではないテーマを扱うなら、観客の為にある程度の説明が必要になるはずだが、そういったことは最低限に抑えられている。
最低限というより少し足りないくらいではないだろうか?
押井作品はどれもみな、そんな感じで理解するには何度か見返さないと難しい作りになっている。
(とは言っても今作はかなりわかりやすいほうであるが……)
押井作品には熱狂的なファンもつくけれど、逆にアンチも多くいる。
難解で一人よがりともとれる映画作りに批判が集まりがちだが、そこが魅力でもある。
今作は押井作品の中ではかなり「一般的」なベクトルになっているので、もし今まで押井作品を食わず嫌いしていたなら今作は一本目にとてもおすすめだ。
今作が面白かったなら、次作の「機動警察パトレイバー 2 the Movie」も見ていただきたい。
押井監督の持病である「パート2は好きに作っちゃう病」が炸裂しているので大変おすすめですよ。
追記
今回は同じ作品を各自で鑑賞して、同じタイミングで記事を発表するという、ちょっとした思いつきで始めた企画でした。
あえて事前の打ち合わせは無しでやりましたので、場合によっては内容が丸かぶりになる可能性もあったのですが、上手いことテーマがバラけて良かったです。nerumae.hateblo.jp
sidelinea.hatenablog.jp
こういうの初めてやったんですけど楽しいですね。