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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

「日本男子は、なぜベビーカー女子を助けないのか」という炎上記事を読んだのでその感想

コラム

これ読んだ。

ここまで教科書的にわかりやすい炎上記事もなかなか見かけない。
炎上する要素を見事に詰め込んだ文章で案の定燃えた。
これを書いた方はプロのライターらしいけれど炎上を狙って書いたのか、それともナチュラルボーンなのかとても興味がある。

最後まで読んだ感想というのは「主語がデカイ」と言うことと「どこの層の誰に向けた記事」なのかがわからなかった。
もっと言えばこの記事で訴えたかったことが見えてこない。


わからなかったなりに推測すると大宮冬洋氏は、こういうことが言いたかったのだと思う。

街でベビーカーを見かけた際は恥ずかしがらずに僕は手伝ってあげるけど、世のお母さん方は安易にベビーカーに頼らず抱っこしろ。それが子供のためだ(僕は子供いないけど)

おそらく上記のことを言いたいがために書いた記事なんだと思うが、これに同意できる人は限りなく少ないのは予想できる。

別に同意する人が少ない、マイノリティな意見を標榜したって構わないのだけれど、この記事は主語が「日本男子」になっているから具合が悪い。
この主語が「僕」であれば「偏狭な変わりもんがいるもんだな」となってここまで燃えないのだが、炎上記事の王道である「主語がデカイ」を取り入れているから見事に燃える。
読者にしたら自分の声を勝手に代弁されたような気がして不快極まりない。
だからコメント欄に自分の意見を書き込みたくなる。
これこそが炎上のメカニズムであるわけだが、とにかくPVを稼ぎたいブロガーはこの手法を真似したらいい。
でも、こういった邪悪な方法で集めたPVは、意味が無いことに後々気がつくことになるのだが、それでもいいのならやってみればいい。おすすめしないけど。




ここからは自分の意見を書く

都会と違って田舎に住んでいるから電車内のラッシュというのはあまり経験がない。
それでも出張で大阪に行くことがあるのだがその際に毎回、朝の通勤ラッシュに巻き込まれる。
初めての頃は、いつの間にか車内の中央部にまで押しやられてしまって、降りたい駅で降りられずに冷や汗をかいたこともあった。御堂筋線こわい。
さすがに慣れてきたとはいえ足を踏まれて不快な思いをしたことは一度や二度ではない。
ただでさえ人に密着していてストレスを感じているのに、そこにベビーカーが入ってきたら迷惑に感じる気持ちはわからないこともない。

とは言えだ。
ベビーカーを使うお母さんを「手抜き」として邪魔者扱いしてしまうのはあまりに偏狭すぎるし、寛容さがなさすぎる。
ベビーカーを使うことを手抜きというのなら、掃除機や洗濯機、食器洗い機だって家事の手抜きだし、もっと言えば電車に乗ることだって手抜きだと言ったっていいはずだ。
江戸時代の子育てに電車は無いわけで、子供を連れての移動は基本的に徒歩だ。
それに比べて現代のお母さんは車を使ったり電車を使ったりして随分手抜きしてますねぇと批判しなくてはいけなくなる。

科学が発達して自分はその恩恵を受けているにもかかわらず、なぜか子育てに対しては保守的になりがちだ。
自分たちの時代には無かった子育てグッズをつかう現役世代を、過去のお母さんたちが批判する光景をよく見かける。

子供用ハーネスや今回のベビーカーに対する批判は大抵の場合「楽をするため」という言説だ。
便利な道具が発明されてそれを使うことで人類は発展してきたわけで、それは子育てだって同じはずなのだがなかなか理解されないケースがある。

自分が子育てした時に感じた不便や不満を、今の現役世代にも味あわせたいのかと邪推したくなる。
学生時代の部活によくある、意味のわからないしごきというかイジメのような悪習を、何故か代々受け継いでしまうのと同じように感じてしまう。

こんなくだらない価値観は捨ててしまって、今あるものを最大限に利用して子育てしたらいい。
子供は我々の宝であるのだから子育てしているお母さんを積極的にとは言わないまでも、スマートにさり気なくサポートしてあげられるようなジェントルマンに俺はなりたい。