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ネットの海の渚にて

私の好きなものを紹介したり日々のあれやこれやを書いたりします

ミニマリストという言葉の意味がだんだん変わってきてないですかって話

ミニマリストには明確な定義が無いというのは少し前にこのブログでミニマリスト界隈の方々と喧々諤々やった時にわかったことだ。dobonkai.hatenablog.com
だから現時点では名乗ったらミニマリストという非常に緩いルールの中でやっているらしい。

以下の記事でも書いたが、私はミニマルな暮らしというものに憧れている。dobonkai.hatenablog.com


ミニマルな暮らしというのは最低限のものしか持たずに、モノに隷属するような生き方ではなく、もっと身軽にシンプルに生きようということだと理解している。

持たない暮らしというのは詳しく言うなら、持つものを吟味を重ねて極限まで取捨選択するという意味だ。


全く何も持たないというのは現実的ではない。
だから最低限持たなくてはいけないモノというのはある。
その持たなくてはならないモノと言うのは、世に溢れるものの中から自分で選び抜いた逸品でなければいけないと思うのだ。

極力モノを持たないようにしているからこそ、持たなけらばならないアイテムは厳選されてしかるべきだ。

愛着が生まれてそれを見るだけで心がときめくような、愛すべきものだけを身の回りに置くことがシンプルライフであって、その目的は決して「節約」ではない。


この「シンプルに暮らす」という部分と「節約生活」が混同されているのもはてなでよく見るミニマリスト界隈の特徴でもある。




ミニマリズムと節約は似て非なるもの

選びに選び抜いたモノというのはやはり高価なものになることが多い。
持つものを極限まで削るからこそ、少ない持ちものは「良いもの」を持つことになる。
何年もの間、身の回りにおいて大切に使っていけるパートナーになり得る価値を持つモノは、必然的に高価にならざるを得ない。
元々こういう思想はモノの溢れる物質社会へのアンチテーゼ的なポジションから出てきたのだと思うから「その場しのぎの使い捨て」と言うのはむしろ批判されてしかるべき行為なのではなかろうか。
けれどこの界隈からこういった批判は聞こえてこない。


例えば自室でくつろぐための椅子の場合を考えて見ても厳選していったら高価なものになってしまう。
椅子というのはほとんどの場合、その値段に比例した品質になる。
オフィスチェアひとつとってみても1.980円の椅子と198.000円の椅子では座った際のリラックス度合いは相当変わる。耐久性だって使っているうちに生まれる愛着だって変わるだろう。


私の観測範囲にあるミニマリスト界隈では、こういう場合に選ぶ椅子がなぜか1.980円のほうになる。
そしてその椅子が壊れたり必要がなくなったら捨てればいいと指南している。


ここに疑問を感じるのだ。
私の言うミニマルな暮らしというのは持つものを減らすが、持つべきモノは逆により良いモノを選択して使うことになるから必然的に身の周りにあるものは高価なものになってしまうということだ。
決して使い捨てできるような愛の無いモノ選びをしない。

ところが私が見ているミニマリストの方たちは100均で買ってきたものを工夫して簡易的なテーブルを作ったりしている。
それは見た目も美しくはないし、おそらく耐久性だって無いだろう。
安いのだから壊れたらまた買い直せばいいと考えているのだと思うが、それはシンプルな暮らしとは違うと感じてしまうのだ。

例えば現金を持つことをやめてカード払いにしましょうというのは、札入れや小銭入れなどの持ち物を減らして、シンプルにスマートに生活するのが目的であって、現金払いよりもポイントが発生するからお得だということが目的ではない。
こういった部分を混同させるからややこしくなる。

ミニマルな生活を選択するのは、そのほうが幸せだからやるのであって「得だから節約になるから」やるのではない。

こういうところが、私が想像しているミニマリストとの大きな違いで違和感を覚えるところでもある。

このままだとミニマリストは貧乏臭くなってしまう

物を持たない暮らし=節約生活 
本来これは違う話のはずなのだが、私の見ている界隈では同じレイヤーで語られてしまっている。

ポジティブな貧乏生活のことをミニマリストと言い換えているような印象を持たざるを得ないケースが散見される。
ものすごく失礼な言い方になってしまって申し訳ないが、私が見ている界隈からはそういう印象を持ってしまうのだ。


本来のミニマルな暮らしというのはかなり贅沢な思想だと思う。
何も置いていない部屋というのはそれこそ贅沢の極みであって、空間にお金を払うという行為だ。

取捨選択に時間を割いて、持つものを吟味する。
少ないながらも持っているのは、ときめきを生むような素敵なものの必要があるはずだ。

おしゃれでシンプルな暮らしを実践するには金がかかる。


貧乏臭くなりがちな節約のことを「ミニマリスト」という言葉でパッケージングしてごまかしていないだろうか?
これもいわゆるポジティブシンキングの一つなのかなとも思うが、やはり自分のイメージするミニマリズムとは相容れない。


やはりミニマリストを代表するような人が現れて、ある程度言葉のもつイメージと定義を決めてくれないと玉石混交を通りすぎてもはやカオスだ。
このまま放っておくと節約生活のライフハック術のことを、ミニマリストというような定義ができあがってしまいそうで危惧している。

続き書きました
dobonkai.hatenablog.com